美しき家政婦 ウーマン・ウォンテッド

 
キーファー・サザランド監督作品、1999年。日本版DVD。不幸な家庭生活で傷つき、お互いの愛を求めながら不器用で和解できない父子と、そこに触媒として登場し二人を変えていく女性の物語です。

・・・というと、お涙頂戴の偽善的な話を想像してしまいますが、そんな安っぽい感じはまったくありません。人物はみな複雑だし、舞台となる屋敷にホリー・ハンターの家政婦が持ち込む「愛」はやや過剰で、完全に無私というわけでもない。一見すると地味な演出なのでハリウッド的展開を予想すると肩すかしを受けるかも。でも静かな中に抑えたセクシュアリティとユーモアがあって、後からもう一度見返したくなるような不思議な雰囲気の作品です。

キーファー・サザランドは『24』のイメージが強くなっちゃいましたが、監督としてはこういう詩的な作品を撮るんだと知ったのが嬉しい驚きです。私は昔からこの人のお父さん、ドナルド・サザランドのファンで、キーファーの出演作も『スタンド・バイ・ミー』の頃から観てたので余計に。


コネチカット州ニューヘイブンにある屋敷。リチャード・ゴダードマイケル・モリアーティ)は、奥さんを亡くして以来「やや問題のある」20代の息子ウェンデル(キーファー・サザランド)と二人暮らし。そこへ家政婦としてやってきたのがエマ(ホリー・ハンター)。

ゴダード家は代々続いたイェール大の家系。リチャードは物理学の教授。しかしウェンデルは仕事もせず詩を書いていて、何かあると子供っぽいヒステリーを起こして部屋に閉じこもったりする。半ズボンはいた変なキャラクターです。

エマはさっそく家事にとりかかります。電球を明るいのに取り換え、床を磨く。縫い物や、料理のシーンが美しいです。また、彼女は亡くなった奥さんや、昔この家にいたアイルランド人の婆やとも、遺された衣装やロザリオを通して交感できるようです。

その合間に、教授とウェンデルがそれぞれエマに心を開き、二人の間に深い溝を残した教授の妻=ウェンデルの母親について語り始める。

父子ともエマに惹かれるんですが、教授の方が一歩先を越して愛を告白してしまいます。このあたりの場面、決してコメディではないけれどユーモアをもって描かれています。エマがメイド部屋から教授の寝室に移ったところで、ウェンデルは自立を考えるようになる。エマの助けで詩も出版されることに。みな幸せになってハッピーエンドかと思ったら、あるきっかけで三人の関係は大きく変わり・・・エマは結局屋敷を去ってしまいましたが、教授と息子はお互いを許し、愛情を取り戻す。

そしてエンディングでは、エマも結局、一番欲しかったものを手に入れたことが示される。でも、誰もがおや?と思うある疑問が残ります。一筋縄ではいかない結末が、この作品の独特な雰囲気に貢献していると思います。


マイケル・モリアーティの演じるゴダード教授は、はじめは感情のない堅物かと思わせながら、実は繊細な人で、長い不幸な結婚生活の間、ずっと気持ちを抑圧してきたことがわかってきます。「詩を書きたかったが、そんなものは趣味であり職業ではないと親に言われて物理学を学んだ」とも語ります。

この台詞はそのままモリアーティの父親の話を思わせます。文学や音楽を愛していたのに親が望んだとおり医者になったという父上と、その音楽の知識から逃れるためにミュージシャンをあきらめて俳優になったマイケル。ゴダード教授と、芸術家肌でいつまでも大人になれないウェンデルの関係に、つい重ね合わせてしまいます。

キーファー・サザランドの方は、両親は早くに離婚して父親とはあまり親しくなかったと聞きますが、名優である父親のキャリアといつも比較されるというハンディキャップはあっただろうし、観る側が自分とドナルドの関係を連想することも想定しているでしょう。マイケル・モリアーティを起用したのはドナルドと同じ長身のせいもあったんじゃないかとひそかに想像しております。


過去にとらわれている家族らしく、家の中のあちこちや、教授の研究室に飾られている写真が何度も映ります。みなが最初に気づくのは、キーファー・サザランド自身の幼い頃の写真が使われていることでしょう。そのほかに40代くらいの教授のポートレート(髭をはやしてツイード帽を被っている。ペイルライダーのバレットをすっきりさせた感じ)や、もっと若い20代の頃の教授(これも本物のモリアーティの写真だと思う)があります。

モリアーティはすっかり初老のルックスになってて「素敵な大学教授」とはいきませんが、横顔だけは変わらず美しいです。ホリー・ハンターとの絡みはぜんぜん露骨じゃないのにどきどきしてしまいました。

しかし、日本版のパッケージから官能サスペンスみたいのを期待すると大外れです。なぜこんな余計な「尻」をつけ加えたのか・・・(笑) 宣伝担当はきっと作品を一度も見てないんでしょう。また、この作品そのものも、プロデューサーとサザランド監督の間でカットをめぐって論争があり、一時は別の監督の名前がクレジットされてたこともあったらしい。アメリカでのレビューには、DVD版では重要なシーンが削除されてしまっているのでVHS版を買うべしという意見が複数あります。でも残念ながらランタイムの長いVHS版は見つかりませんでした。