猫にマタタビ

 
俳優さんにとってイメージは大事だけれど、特定の役のイメージが固定されてしまうのは危険なこと。マイケル・モリアーティもどこかで「以前は来る役といえばナチ将校か、意志の弱い夫(浮気夫)ばかりだった」と言っていました。ナチは『ホロコースト』のイメージが強いせいだろうし、浮気夫は "Too Far To Go" (『メイプル夫妻の物語』)の影響でしょうか。80年代に出演したラリー・コーエン作品はそれをぶちこわす役に立ったと思いますが、90年代以降はまたベン・ストーンにとらわれてしまったわけです。

マイケル・モリアーティ非公式・非公認・非認可HPに、「グッドバイ、ベン・ストーン」という本人の寄稿があります。2006年3月30日付。1996年じゃなく2006年、降板後12年たった時点なことが驚きなんですが。

基本的に、自分の政治的転向にストーンのファンが示す否定的な反応について愚痴ってます。自分はもうベン・ストーンではない、違う人間なんだから、わかってくれ。その一方で、自分の創造物であるストーンに対する批判(と思ったもの)には激しく応酬している。短い記事の中に、ストーンに対する愛憎が半ばするアンビバレントな態度が見てとれて面白いです。


【ベン・ストーンを脱ぎ去りたい】
名優アンソニー・ホプキンスの晩年がハンニバル・レクター博士のイメージに固定されてしまったように、特定の役のイメージに縛られてしまうのは表現者としては不満なことでしょう。

しかしモリアーティはそれ以上に、リベラルだったストーンのファンから、自分の保守的な主張に文句をつけられるのが嫌だったようです。特に女性ファンから「ベン・ストーンが復帰するチャンスを、マイケルが政治的転向によって潰してしまった」と非難されることを嘆いている。

これは確かにファンの言い分も無茶苦茶だと思います。でもファンってそんなものじゃないかな。キャラクターに自分とか身近な人とか、あるいは理想の誰かを投影し、それで楽しんでいる。ファンがその思い入れを俳優にまで投影してしまうのは間違いだとは思うけど、それは俳優にとっては職業上予測される危険というものでは?

可笑しいのは、彼が「ベン・ストーンはある一定数の女性ファンにとってマタタビ(catnip)」だと表現していること。わはははは、ストーン・ファンはみんな猫ですか!そのマタタビに引き寄せられ、ひと夏を棒に振った者としては、笑うしかありません。でも、ストーンが10年たっても20年たっても女性ファンのいろんな妄想を一身に集めるのは、それだけ彼の人物像に立体感があった証であって、喜ぶべきことなんだと思うぞ・・・

うがちすぎかもしれないけれど、架空の人物であるベン・ストーンと、ファンの愛情を争っている感じがちょっとします。もしかすると、ベン・ストーンよりマイケル・モリアーティを愛してほしいだけなのでは?



【でもやっぱりベン・ストーンを諦められない】
そもそもこの文章のきっかけは、ある雑誌に載ったTV評に「ベン・ストーンはロベスピエールだった」という一文があったことなんです*1。でもこれ、別にストーンについての考察じゃありません。SVUのキャラ、アレクサンドラ・キャボットについて書いてる中の一文で、「Law & Order のなみいる検事達の中で、モリアーティが演じたベン・ストーンのオリジナルの精神に最も近いのがアレックスである。ストーンは復讐の天使でありロベスピエールであった」と言っているだけ。

私には、この記事のオリジナル精神という表現は、L&Oフランチャイズ全体の検事たちの原型という意味で、ストーンの人物像に敬意を表していると思えます。ロベスピエールだって、秋霜烈日な正義の執行者と(ちょっと格好をつけて)言いたかっただけで、別におとしめるために使っちゃいないと思う。

ところが、モリアーティはこれが気に入らなかったらしく、雑誌に反論を投書した。ストーンはロベスピエールなんかじゃない、恐怖政治で知られたロベスピエールは「悪役」だから、というんですね。フランス革命の喩えを使うならラファイエットにしろ、と。私の読解力がないせいかもしれないけど、どうも話が噛み合ってない。

この、なんだかピントのずれた反論が投書欄に掲載されたことでちょっとした論争を引き起こし、最初のようなファンからの批判も呼ぶことになったらしい。まあどうってことない話ですが、10年以上経ってるのに、雑誌に載ったこんな一言に噛みつくとは、やはりストーンに並々ならぬ愛着があるんでしょう。愛着というより、自分の創造物として誇りを持っていて、他人が触れることを許せないという感じか。


けっきょく、ひとつの記事の中でベン・ストーンへの複雑な感情を露呈してしまっていて、ストーンを一番あきらめられてないのはファンじゃなくモリアーティ本人じゃないかという気がします。かつ、ストーンの人気に妬いてる様子もあって、まあなんというか、素直で可愛い人であります。
 
 
 

*1:2006年2月26日、New York Magazine http://nymag.com/arts/tv/reviews/16076/