『ホロコースト』 ディスク4 ベルリン 1943年

 

エリック・ドルフのスライドフィルム上映会、以前はハイドリヒに対して行っていましたが、今回はアウシュビッツの写真をカルテンブルンナーに見せています。移送列車の到着から選別、特殊処理、焼却炉。カルテンブルンナーは特段の印象を受けた様子もなく、金品の着服だけを気にし、マイダネクでは国家財産窃盗の罪で数人を軍法会議にかけた、とコメントします。ドルフは「ヘースはごく厳しいですから」と答える。

カルテンブルンナーは「真面目にやっているな」といちおう褒めますが、ドルフがベルリン勤務に戻してほしいと願い出ると一蹴します。お前は政策決定者のタイプじゃない、現場向きだ。ひきつづきポーランドで業務を遂行しろ。

ドルフはミーアキャット顔のまま、妻が病弱なうえ、ベルリンは爆撃や食糧不足もあり心配なのです、と訴えますが、スターリングラードの苦境をよそにカミさんの心配か、とかえって相手を怒らせるだけ。

家に帰ると、さらに辛い状況が待っています。マルタがどこからか彼の仕事の書類を見つけ、「死体の掘り起し」や「焼却作業」について読んでしまったのです*1。しかし様子が変です。真実を知ったマルタは衝撃を受けて夫を憎むかと思いきや、あなたはそんな風に自分の仕事を恥じているからカルテンブルンナーに軽く見られるのよ。言われた仕事は最後までやり遂げなさい!と逆に叱咤するのです。

いままでマルタの様子を見てきた視聴者の側にはあまり驚きでないのですが、エリックにはこれが一番の打撃だったらしい。

[ドルフ]       マルタ、ぼくの優しいマルタ。思い違いだったのか、きみが怒るだろうと信じていたのは。ぼくは女子供を殺す仕事を監督していたんだよ。そんな自分に、どうやって誇りを持てというんだい?

エリックにとって最後の砦だったマルタの反応は、彼にとって二重の失望だったでしょう。彼の一番の望みは、「自分は国のために尽くした立派な人間である」と妻子が信じてくれることでした。そして、彼の仕事がまったく立派でないことが明らかになった今、そんな仕事をしなければならない苦しさを分かってくれるのもマルタ以外にはいないはずでした。でも実はマルタもカルテンブルンナーと同じだった。職場にも家庭にも逃げ道はないのです。

彼はヒステリックに笑いだし、こう言います。

[ドルフ]       きみのことを笑ってるんじゃない、自分の愚かさに驚いているんだ。その通り、ぼくに選択肢はない。いま以上に熱心に働くしかないんだ。

ここのあきらめの表情は、見ていて泣きたくなるくらい哀れを誘います。しかしエリックは決心がついたのか、強気な言葉とうらはらに「私たちみんな罰せられるわ」と怯えているマルタを慰めるだけの余裕を見せます。

[ドルフ]       そんなことはないさ。きみは何も間違ったことをしていないし、ぼくは良き兵士だった。

マルタは恐ろしい仕事の証拠について「誰にも知られないように、全部燃やしてしまわなければ」と言い、手にしていた書類を焼き捨てます。その背後でエリックは違うことを考えているらしい。

二人の反応は、当時のドイツ官僚の典型的な態度、「否認・隠蔽」と「正当化・合理化」をそれぞれ表しているようです。マルタは正当化から否認へ、エリックは逆に、当初の隠蔽から合理化へと揺れ動いています。エリックの考えの詳細はもっと後、終戦も間近のディスク5になって明らかになります。
 
 

*1:1943年当時は、たしかに各地でこういう作業が進行中だった