『謀議』のベン・ダニエルズ

 
Law & Order:UK の放送がお休み中なせいで、ベン・ダニエルズの顔が見たくなるとこの映画をかけています。私のは米国版"Conspiracy" ノーリージョンのDVDです。『謀議』の邦題で日本版DVDもあり。

『ホロコースト』のヴァンゼー会議の場面をレビューするときに入手した2001年のテレビ映画です。会議の出席者は15人、みな各省庁の次官級ですから中年の男性ばかり──要するにおっさん達です。キャストも、イギリス人の演技派揃いですが年齢層はそれに見合っていて(笑) 最初に見た当時、コリン・ファース(ヴィルヘルム・シュトゥッカート役)以外は見分けがつきませんでした。仕方ないので、役名にくわえて「党服」「親衛隊」「紺スーツ」など衣装を書いた登場人物一覧表を作ったくらいです。

そのむさ苦しい中で、比較的若く、長身、金髪に端正な容貌が目立つ人がおりまして。ただセリフは多くなく、会議テーブルでは端の方に座っている。その時は知りませんでしたが、この「すみっこに座ってるハンサムな人」がベン・ダニエルズだったのです。

ダニエルズの役はヨゼフ・ビューラー、ポーランド総督府の次官です。『ホロコースト』でエリック・ドルフが会いに行った総督ハンス・フランクの右腕。ともかく総督領のゲットーが満杯だから早くなんとかしてくれって、最初から最後までそれしか言わない。*1

ボスであるフランクとヒムラー/ハイドリヒの仲が悪いですから、ビューラーはいわば敵地にやってきています。でもボスからは成果を上げてこいときつく言われてるし・・・と板ばさみの様子を表現してます。それに加え、想像を絶するゲットーの過密状態、切迫した様子も伝わってきます。

だけどそういう事情はセリフで説明されるわけではない。以前に、L&O UKのジェイムズ・スティール役について「なんか言いたいけど言えないので我慢してる」印象と書きましたが、それと通じるものがあります。冷静な官吏の顔を保ちながら、内側には強い危機感を持っているのがわかる。同時にSSに対する子供っぽい意地も見え隠れします。

ではダニエルズに注目の場面をいくつか。

冒頭、ビューラーは総督府のSD司令官と同じ車で会場へやってくる。この親衛隊大佐とは同じ地域を担当しつつも所属が違うから、表面上は親しげにしながら「SSは何を考えてるのか」と警戒しています。こういう、異なる組織の思惑や腹の探り合いも、この作品の面白味であります。

おなじ大佐に対して「ゲットーでコレラチフスが流行したら、親衛隊の刺青は役に立たない、きさまもノンストップ下痢で干からびて死ね*2」とたんかを切る場面もあります。あのルックスで、ジェイムズ・スティールは使わないであろうお下品な言葉を使うところがなかなか萌えです。そして「言ってやったぜ」と得意げに微笑む顔が可愛かったりします。

しかしその得意は長続きしません。会議の後半では、自分たちの裏庭(帝国領のヘウムノと、総督領のベウジェッツ)でSSがひそかに絶滅収容所を建設しているのを知らされて激怒します。

この辺はスティールにも似た、抑えた暗い怒り方です。ガストラックやガス室で効率よく処理してくれる分には異論ないのだが、問題は「ひそかに」というところなのですね。SSのやつら、勝手にいろいろ進めておきながら、仰々しく会議を招集して「意見を聞きたい」だと?結局は自分らの思い通りにするだけじゃないか。コケにしやがって、と怒りながら、彼らの実行力には頼るしかないためにやっぱり表立って敵対できないのです。

これは、この映画全体のテーマであるともいえます。最終的解決はこの時点でもう決定ずみであり、ハイドリヒがヴァンゼー会議を招集したのは、この件に関して自分が全権を与えられたことを各方面に認めさせるためであった───という歴史解釈ですね。宣伝では「この会議ですべてが決定された」みたいに言ってますし、そういう解釈も一部ではあると思いますが、作品そのものが取っているスタンスはちょっと違うのです。

そんなわけで、ビューラーを含む東部組はハイドリヒにあんまりまともに相手されません・・・・・ 会議が散会した後も「移送はまず総督領から」としつこく粘って交渉しますが、軽くかわされてしまいます。この場面でも、あの「我慢してる」感じがよく出てます。

ビューラーはともかく、ダニエルズはいったい何を我慢しているのでしょうね?怒りですか、悲しみですか?前にも書きましたが、意外と笑いをこらえているんじゃないかという気がします。マイケル・モリアーティの場合、笑いをこらえているのは危ない兆候だけど、ベン・ダニエルズはそれが魅力なのでした。

*1:実物の議事録にそのように記録されているらしい

*2:親衛隊員は戦場で優先して輸血を受けられるよう、血液型を脇の下に刺青していた。また実物のビューラーはチフスについて一家言あったらしい(トンデモ科学の域であるが)