"Evil Dream" ふたたび

 
もう、いったい何回この曲について書けば気が済むんだって感じですが・・・今回はアルバムReaching Out からです。

前から読んでくださっている方はもう暗記されてるかもしれませんが、マイケル・モリアーティ自作の曲 "Evil Dream" は、映画 "Q: The Winged Serpent" に一部がBGMとして使われているほか、ピアノバーで彼自身が演奏するシーンもあります。

この曲の音源は、モリアーティの自主製作アルバム Reaching Out です。アルバム全体や、ほかの収録曲については今度ゆっくり書こうと思います。ひとことで言うと、完成度では彼の2枚のジャズ・アルバムに及ばない。ただ曲想が多岐にわたっていて作った人の多才ぶりが分かるのと、良くも悪くも素人っぽくてすごくパーソナルな感じがします。

そして入っている曲に負けず素晴らしいのが、ジャズの大歌手、メル・トーメとのトークが最後に入っていること。トーメがモリアーティにインタビューする形式で12分ほど喋っています。素の声で自分の音楽について語ってくれているので、ファンにとってこんなに嬉しいことはない。

メル・トーメは、名前をご存じない方でも『ザ・クリスマス・ソング』は一度は耳にしたことがあるはず。そんな大歌手と彼がどういう知り合いなのかわかりませんが、モリアーティの友人で、彼のアルバムに参加しているベーシストのジェイ・レンハートがトーメのバックを務めたことがあるようなので、その繋がりなのかもしれません。

インタビューでは、まずマイケルの音楽の背景(ジャズの影響、クラシックの影響・・・)について話した後に、個別の曲の話になります。このうち、"Evil Dream" について語っているところを引用してみましょう。ある時点で話がスキャットに及びます。

[トーメ] マイケル、あなたの演技と歌に共通するのは、いろんな束縛から自由なことで、それがすばらしいと思う。たとえばスキャット一つをとっても、抗いがたい魅力がある。本当に抗いがたい、あのスキャットは。

トーメの言葉が終わらないうちに、マイケルが何か言いたそうにハァハァしてるのが左チャンネルから聞こえます。

[モリアーティ] いちばん楽しかったのは映画"Q"に使われた曲で、監督がテープを聞いて映画の中で使うことにしたものなんだ。これはあるセッションで思いついて・・・・・ジェイ(・レンハート)とジャッキー(・ウィリアムズ)がすごくかっこいい演奏をしていて、そこにピアノとスキャットを重ねてみようと思ったんだ。ほんの思いつきで歌い始めたんだけど、問題は僕のファルセットがあまりにも・・・・・(アハハ)。やってる途中で、「これ、面白いけどどこへ行くんだ?」 ハハハ、歌いながら自分でそう思って・・・・・これは2テイク目も録らなかった。本当に1回きりだったんだ。

[トーメ] でも、それこそがインプロビゼーションの醍醐味だね。どこへ辿りつくかわからないのが。

[モリアーティ] そう。それで道に迷うと。

ここ、インタビューの中でも特に楽しそうに喋っていて、きっと彼自身もこの曲に思い入れがあるんだろう、映画に使われたことが嬉しいんだろうなと思います。

「束縛から自由」というところ、トーメは "uninhibited" と言ってます。そう言われたマイケルは「ウフフ」と笑っている。この言葉は制約がかかってない、という文字通りの意味のほかに、あけっぴろげとか率直なという意味もあります。格好をつけたり感情を抑えたりしていないということですね。「どこへ行くかわからない」演奏にはふさわしい形容です(笑)

ここでひとつ告白。以前の記事では、"Evil Dream" は形式としてブルースと思えないと書いてたと思いますが、実はCDで曲の冒頭部分を聴くとブルース進行だとはっきり判るんです。不覚(笑)

言い訳をしますと、映画のBGM部分ではオーケストラを重ねてあるのでリズム隊がほとんど聞こえないのですよ。それに、歌のほうはコード進行とあまり関係なく進んでいく。本当に形にはまってなくて、一瞬のエネルギーの爆発みたいな歌なんです。途中のスキャットも、本人のいう通りちょっと収拾がつかない感じ(笑) だけどそこが魅力なんですね。ラリー・コーエン映画がジャンルの枠におさまらないのと同じように、この曲もブルースの型にはまっていないのに濃いブルース魂を持っている。

もう一つ。道に迷う、というテーマはモリアーティ作品の鍵の一つであると思います。このアルバムにも入っている "Miles" の歌詞も「家に帰る道をみつけよう」だし、小説The Voyeur の冒頭にも「道に迷う人のみが、興味深い場所に辿りつく」というソローの引用があります。これはまた The Voyeur の感想を書くときにでも詳しく。

http://youtu.be/CtfxiYdX6OA

ところで。今日また古い新聞記事を漁っていて変なものを見つけてしまいました。マイナーな地方新聞のゴシップ欄、1990年8月15日付。Law & Order 放映開始の直前ですね。

NBCの新しいシリーズ "Law & Order" で地方検事補ベン・ストーンを演じるマイケル・モリアーティは、自分のアルバム Reaching Out から何曲か歌うことをプロデューサーに提案したという。残念ながらそのアイデアは採用されなかった。モリアーティによればストーン氏は「今のところ仕事一本やり」だとのこと。

わ、わはははは。のちのプロデューサーとの対立に比べると、ずいぶん無邪気な話で和みました。記者に対しても「こんな提案したら、却下されちゃって・・・仕方ないんだけど、アハハ」 と笑いながら語っているような気がします。

それにしても、もしこれが実現してたら、ストーン、どの曲を歌ったんでしょうか。"Miles" あたりかなぁ。ピアノを弾くベン・ストーンを私はあんまり想像できないんですが、仕事帰りにピアノバーに行って飛び入り演奏したりするんですかね。そこに弁護士か誰か居合わせて驚くと、「実はロースクールとジュリアードのどっちに進むか迷ったんだ」 なんて告白したりして。もしかするとちょっとはモテたかもしれませんね・・・・・