"Q: The Winged Serpent" 『空の大怪獣Q』 2/2

 
『空の大怪獣Q』の続きです。話が前後しますが、主人公クィンの恋人ジョーンを演じているのはキャンディ・クラーク(『アメリカン・グラフィティ』)です。こんな可愛い女性がなぜダメ男に惚れてるのか、彼女が自分でいうとおり不思議。「あたしったら何でこんなバカの元ジャンキーを放っておけないんだろ」これはそのまま私の気持でもあります(笑)

タワーから帰ってきたクィンは警察に捕まります。強盗一味の残りが密告したらしい。分署でシェパードの相棒パウエルに罵られ小突かれ、ひどい扱いを受ける。上司の警部がやってきて取り調べは中断、待たされている間にクィンは連続怪死事件の捜査内容を立ち聞きする(警部、極秘の打ち合わせをなぜ自分のオフィスじゃなくコーク・マシンの前で?)。それが自分の見た巣と関係があることを悟ったクィンは、一世一代の大ばくちを思いつきます。ここから彼の変貌が次の段階へと発展しはじめます。

恋人が面会に来た時、クィンは金儲けの期待に顔つきまで変わってしまっている。ねずみ男みたいな表情で市から大金をゆすりとる計画を語り、「俺は今やニューヨークで一番重要な人間」と見得を切ります。ジョーンが「正しいことをやんなさい、知ってることを警察に話すの!」と言っても聞こうとしない。彼が強盗二人を死なせたことも知り、絶望して去る彼女。階段のシーンが好きです。

市警本部長やお偉いさん相手に、交渉の舞台が設定されます。誇大妄想が全開になったクィンは、巣の情報提供と引き換えに、強盗罪を免責にしろ、100万ドルを非課税でよこせ、Qの写真の権利と出版権も俺のもの、と言いたい放題。すっかり大物気取りです。パウエルが怒って殴りかかる。シェパードが、弁護士が書類を用意する間コーヒーでも、と言ってクィンを連れ出します。

コーヒーショップにて。シェパードはバーで会った時の話をしてクィンをいい気分にさせ、話を聞き出そうとする。俺はあの演奏を悪くないと思ったんだぜ。だけどあんたは俺に八つ当たりしてさ。ハハハ。

この場面、アクションも何もないけどモリアーティ&キャラディンの演技が楽しめます。報道陣が乱入してきて、クィンがふかしまくるところ(ルパート・マードックを連れてこいとか言ってます)。シェパードがクィンをおだててじわじわと情報を引き出すところ。  どうやって攻めればいいと思う?  そうだな、ヘリがいるな。  ヘリだって?大捕物だな!建物はどんなだ?  形か?先がこう尖っててさ。実は・・・ と、パウエルが店に入ってきてクィンはぴたりと話をやめる。

このときの表情がいい。「・・・尖っててさ。実はあんたも知ってるはずなんだけど・・・」と調子に乗って喋っている途中で、口許はあの三日月形の半笑いになっています。眉は卑屈な感じにひそめられている。その中で目だけがすっと冷たくなるんです。どこが動いているのか、何度も巻き戻したけれどよくわからない。ベン・ストーン並みの微妙な変化なんです。どうやら下まぶたじゃないかというところまではわかったけど。

さて、シェパード率いる警官隊とクィンによるクライスラー・ビルディング襲撃作戦です。卵(というか、もう中で雛鳥になってましたが)は破壊しますが、親鳥はやってこなかった。ロビーに降りてきて、シェパードが衝撃の暴露。契約では、親鳥を仕留めた場合のみ100万ドルだった。だから金は市に返すことになるよ。コーヒー代を突き返すシェパード。はめられたことに傷ついて怒るクィン。

ジョーンのアパートに帰ったクィンは怒りがおさまらずに荒れ、彼女に愛想をつかされて追い出されます。「自分に権力があるって勘違いしてるあんたは見苦しかった!もう一緒にいたくない!出てってよ!」

いっぽうで儀式殺人の捜査も進んでて、別の組の刑事が現場に踏み込みますが、もう少しのところで儀式を行っていた神官を取り逃がしてしまう。

クライスラー・ビルではまだ警官隊が待ち構えているところへ、ついにQが姿を現します。・・・ばさばさした飛び方とか、ビルにしがみつくところとか、前肢を除けばイクランぽいと私は思うんですけどね・・・(もちろんイクランの方が1000倍洗練されていて、エレガントに滑空しますが。地上に下りてしまったときはやっぱりばさばさしてたし。Qだってあの図体でメキシコから飛んできたなら、猛禽類のように高空を滑翔しないと体力がもたないはず。いまは繁殖のため仕方なくビルに下りてきてるだけなんですきっと)

Qとの銃撃戦シーンは特撮ファンには評判が高いらしいですが、私には技術的なことはわからないのでさくっとパスしまして(スミマセン)

さて、クィンは安ホテルの部屋でそのニュースを新聞で読み、力なく笑っている。そこへなぜか儀式殺人を行っていたQの神官が襲ってくる。喉にナイフを突きつけ、Qの生贄になるため祈りの言葉を唱えろという。「なんで俺が祈るんだ?」「神に救われるためだ!」絶体絶命のクィン、ここで初めて心から叫びます。

「俺は、お前からも、市当局からも、指図は受けん!殺したきゃ殺せ!」

あわやという瞬間にシェパード刑事が踏み込んできて神官を射殺。撃った後の格好のつけ方がいい。なにしろカンフー・ウェスタンのキャラディンです。

けっきょく事件の真相は何だったかよくわからないままに一応の解決感があり、部屋の外で最後の会話となります。シェパードが恋人のアパートまで送ろうというが、クィンはそこへは帰らないからと断る。

「彼女、待ってるんだろ?」
「次に会うときにはちゃんと働いてたいんだ」
「仕事のあてがあるのか?」
「どこかでピアノ弾きの仕事を見つけるさ。こう見えて上手いんだぜ」
「ふん、あんたに何がわかる」
「まあな、先はわからん。だけどもう、何も怖がってないのさ、俺は」 この映画で初めてさわやかな笑顔を見せて廊下の角を曲がり、去っていくクィン。

ここでも何の説明もなくハッピーエンド感があり、シェパードも満足げに歩み去ります。だけど映画によけいな説明なんていらない、これで十分。だってこの話は「たいていのものに怯えて暮らしてきた」クィンの成長物語だったから。つかの間の成功の夢(evil dream = 悪い夢)と挫折を経て、彼は他人に小突きまわされる人間であることをやめた。神官に殺されかけた時とっさに吐いたセリフがその証でありました。


100万ドルを取り損ねたのが悔しかった彼はこのあと法律を勉強し、検事補になります(嘘)。本当のオチはクィンじゃなく、Qの方です。それは謎としてとっておきましょう。



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あ〜長かった。本当にジョーンの言うとおり、どうしてこいつがこんなに気になるのか、自分でもわかりません。でもなんだか、マイケル・モリアーティという人を理解するには、このキャラクターが鍵だという気がするんです。もちろんベン・ストーンも同じくらい重要ですが、ストーンだけだと完全じゃない、片面だけな感じ。つねにびくびくしてて、ちょっとした刺激に敏感に反応して舞い上がってしまう、そういう面が、コーエン監督と初顔合わせの、しかも駆け足での撮影で捉えられている。映画の魔術だと思いました。