『さらば冬のかもめ』

 
さらば冬のかもめマイケル・モリアーティが端役で出てます。本当にチョイ役なのがわかってたので買うつもりもなかったんですが、レコード屋で「2枚分の値段で3枚」セールをやってて、つい手が出てしまいました*1。作品としては佳作で、気に入ってます。ジャック・ニコルスンの、危ういエネルギーにあふれてるけど弾けきれない男の悲哀がいい。アカデミー賞3部門ノミネート、だそうです。

つまらない盗みをやって懲役+不名誉除隊処分になった水兵メドウズ(ランディ・クエイド)を、バダスキー(ジャック・ニコルスン)と”ミュール”・マルホール(オーティス・ヤング)の下士官ふたりがバージニア州ノーフォークの海軍基地からニューハンプシャー州ポーツマスの海軍刑務所まで護送する。その数日間の話です。

ジャンルとしてはニューシネマに属するロードムービーなんだけど、ワシントン、ニューヨーク、ボストンと、車じゃなくグレイハウンドバスとアムトラックを乗り継いでいくところがちょっと変わり種。以下ネタバレです。

このメドウズ上等兵、まだ19くらいでもっさりしてて酒も女も知らない。しかも盗んだのはたったの40ドルなのに、基地のお偉いさんが関わってたせいで懲役8年という厳罰になってしまった。”バッドアス”・バダスキーは旅の数日間でメドウズにいろんなことを教えようとします。DCでビールを飲みすぎて列車に乗り遅れたり、ニューヨークのグランド・セントラル駅で通りすがりの海兵隊員にケンカを売ったり。ボストンでは娼館に連れていったり、つまりはオカに上がった船乗りがやること全部です。

ポーツマスに着くころには、メドウズはほとんど弟のような存在になっている。逆ストックホルム・シンドロームというべきか。

モリアーティの出番は最後から2番目のシーン、3分だけ。苦労して刑務所へ連れてきたメドウズがあっさり収監され、気持ちの持って行き場がないバダスキーとミュール。彼らが引き渡しの書類にサインをもらう時に、つまらない難癖をつける官僚的な将校がモリアーティです。メドウズとたいして年も変わらない若僧に見えるくせにやたらと威張る*2

二人組は頭にきてこの将校を口汚く罵りながら刑務所を去っていきます。彼らの憤激は、本当は年若いメドウズを8年も服役させる軍のシステムに向けられているんです。だけど、海軍以外に生きていく場所がない二人は命令に従うしかない。メドウズを途中で逃がすことだってできたのにそうしなかった自己嫌悪もあります。モリアーティの嫌味な将校は、そのやり場のない怒りのはけ口として機能しています。

原題は The Last Detail 最後の任務、というところ。邦題はあまり内容と関係ないけど、雰囲気があっていいですね(邦題『最後の任務』だったらたぶん記憶に残ってなくて、レコード屋で手に取らなかったと思います)。水兵でかもめって洒落てもいます。
 
 
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ぜんぜん関係ないけど、今日気になった新聞記事ふたつ。

一つ目は、ミャンマーの検閲機関が廃止になる話。昨年から民主化の著しいミャンマーで、今まで出版物全般を検閲してきた「出版物検査登録庁」がその役を終えるというのです。長官、ウ・ティント・スウェ自身がインタビューに答えている。何年も前から検閲はインターネット時代にそぐわないことを悟り、検閲庁解体の日のために準備してきたのだと。そしてなんと、この若き長官自身が軍事政権の歴史の熱心な記録者であり、毎週末に書き上げた分をフェイスブックで(!)発表していたそうな。一方では言葉狩りの任務に従い、他方では禁制の書き物をネットに流し続けた。言葉の持つ力というものを誰よりもよく知っていたに違いないこの人物に興味がわきます。

二つ目は、ナチス時代のベルリンで日本人バイオリニスト諏訪根自子ゲッベルスから贈られたストラディバリウスの歴史。この楽器には「ユダヤ人から奪われたもの」という噂がついてまわったが、諏訪自身はそれを否定したまま今年亡くなった。筆者はバイオリン製作者で法律家でもあり、ナチスによる楽器収奪の歴史を研究している。その一方で諏訪の人生についても公平な筆致で書いてます。

私自身はこの謎にとくに興味があるわけではなく、TVドラマ『ホロコースト』のある場面を思い出したというだけです。ユダヤ人のワイス医師一家がポーランドへ移送された後、近所に住んでいたエリック・ドルフの家に党からピアノが贈られます。クリスマスにそのピアノを弾いて歌うドルフ一家。あるキーが鳴らないので蓋を開けてみると、ワイス医師の息子の結婚式の写真がはさまっている・・・  これもある程度は楽器収奪の史実をふまえて作られたエピソードなんだろうと思いました。
 
 
 

*1:あとの2枚は『アマデウス』と『アバター』。前者はのらさんのおすすめ。後者は”Q”の関係で見直したかったから。本当は『マイ・フェア・レディ』が欲しかったけど置いてなかったので。。。

*2:さすがに20歳やそこらの設定ではないと思うけど・・・妙に若く見えるのは俳優さんのせいですね(笑)