『ホロコースト』 ディスク4 ハイドリヒ暗殺

 
ホロコースト』やっとディスク4に入りました。ベルリンの親衛隊本部に、アウシュビッツの司令官ルドルフ・ヘースが呼ばれて来ていて、ヒムラーから収容所を拡張する任務を与えられる。この場面の会話については時代背景3/3の記事で既出です。もう一年前(!)

この幕も史実を少しアレンジしてあります。実物のヘースによる証言や回顧録では、ヒムラーから召喚され、アイヒマンと協力してアウシュビッツ拡張計画を作るよう命令されたとなっているのに対し、ドラマではエリック・ドルフがその場にいて連絡役を仰せつかっています。またヘースはこれを1941年夏の出来事としていますが、1942年の記憶違いという説もあります。ドラマではこの場面は1942年、それまで強制収容所だったアウシュビッツを拡張して絶滅収容所とすることにした、という設定をとっているようです。アイヒマンと同じく、ヘースもドルフの同僚かつライバルとなっていきます。

指示を終えたヒムラーがハイドリヒとともに部屋を出て行きます。ドルフを中傷した例の手紙がまだ影を落としていて、ハイドリヒは言い訳を強いられます。父親が社会主義者で母親の再婚相手が半ユダヤ人というだけで問題はなさそうなのに、しつこくこだわるヒムラーにハイドリヒはたまりかねて反撃します。

[ハイドリヒ]  彼の更迭がお望みですか?それとも、標的は私ですか?

ヒムラー]   何を言うんだ、友よ。

[ハイドリヒ]  またもや私を攻撃し、今度はドルフ。次はいったい誰を?

ヒムラー]   余計なことを考えるな。今はアウシュビッツが最優先だ。

[ハイドリヒ]  分かりました、ライヒスフューラー。

「またもや私を〜」というからには、以前にヒムラーから同じようなやり方で攻撃された、つまりハイドリヒのユダヤ系説はヒムラーが流した、という意味なのか。これまで常に自信にあふれていたハイドリヒがはじめて弱味を見せる場面ですが、実はこれが最後の登場となります。


初夏のある夜半、ドルフ家。エリックは眠れないでいるようです。このところ毎晩そうやって過ごしているようですが、この夜は特に虫が知らせたのかもしれません。気がついて目を覚ましたマルタと会話するうち、「この戦争は負けだよ」と言い出します。しかし、彼が本当に恐れているのは敗戦そのものではなく、自分たちのやったことについて「いつか恐ろしい噂が広まるだろう」ということです。

[ドルフ]    噂を聞いても、君だけは信じないで、子供たちに教えてくれ。僕は国家に尽くしたのだ、名誉ある人間として、命令に従っただけなのだと。

彼の仕事の実態を知らないマルタが「あなたは立派な人よ」となだめても、エリックはだんだんと自分の考えに沈んでいく。でもその言葉はどれも途中で途切れてしまいます。

[ドルフ]    僕には理解できないんだよ。ハンス・フランクの自慢は・・・・・何百万という・・・・・ 

ハンス・フランクが吹聴する数百万とは、おそらくユダヤ人犠牲者の数。エリックはマルタに自分の気持ちを分かってもらいたいと思いながら、肝心なこと、自分たちの仕事についての真実はどうしても口に出せないのです。*1

[ドルフ]    それにヒムラーは工場の話を、まるで・・・・・

工場とは言っていますが、もちろん絶滅収容所のこと。その効率をヒムラーがまるで工場の処理能力のように誇っていると言いたいのでしょう。しかし愛するマルタの前だからこそ本当のことが言えない、その辛さが伝わってきます。でもはずみがついたエリックは話しやめることもできない。

[ドルフ]    アウシュビッツの司令官のヘースという男は「信じ、従い、行動せよ」といつも言う。ああ、ぼくも彼みたいになれたらいいのに・・・・・なのに彼は親切な人間で、子供思いで、動物を可愛がり、自然を愛し・・・・・

高官たちや親衛隊の同僚将校が大量虐殺の仕事を嬉々としてこなしているように見えるのに、自分はもうついていけそうにない。それまで危ういバランスを保っていたエリックが心の裡を明かすのにもっとも近いところまでいく場面です。が、彼の恐ろしい記憶はそれ以上言葉にならず、この歪んだ泣き顔に表われるだけ。

内面の苦しみが出口を求めてもがいているのが見てとれます。ここの演技だけでも、マイケル・モリアーティがエミーとゴールデングローブをダブル受賞したことに納得はできると思います。

マルタが彼を慰めようとしているうち、電話が鳴ります。真夜中の不吉な知らせ。プラハでハイドリヒの車が爆破され、重傷を負った長官は助かる見込みがないのだという。

エリックの本当の悩みを知らないマルタは、「チャンスだわ。亡くなったら後を継ぐのよ」と彼を鼓舞します。エリックの表情の意味は・・・・・暗殺の衝撃によって現実に引き戻され、マルタの言葉にやや怖れをなしつつ、仕事を続けるしかない、と思っているかのようです。


[追記]読了 『HHhH プラハ、1942年』ローラン・ビネ著、高橋啓訳、東京創元社  ハイドリヒ暗殺を、二人の暗殺者の視点から描いた小説。フィクションとはいえ非常に詳しい取材のもとに書かれており、その取材から創作の過程も織り込まれているという実験的な手法で高い評価を受け、日本では2014年の本屋大賞翻訳部門の1位になった。面白い!
 
 

*1:日本版DVDの字幕で唯一不満があるのが、ここが「ハンス・フランクは巨万の富を自慢し」となっていることです。たしかにフランクは私財を蓄えていたようですが、そう限定して解釈してしまってはエリックの葛藤が伝わらず、この場面の価値が半減する。「語られなかった台詞」の訳は難しいところで、やはり「口にしがたいナチの所業」をテーマとしたL&O 3-13「夜と霧」にも2か所あります。