Bang the Drum Slowly 原作

 
このところあまり映画やドラマを見なくなって、暇があれば本を読んでいるという生活です。もともと読書が基本だから、ここ2年は今までになくテレビを見ていた時期で、元に戻りつつあるだけなのですが。それで映画 Bang the Drum Slowly の同名の原作(1956年)を読んでみることにしました。Bang the Drum Slowly by Mark Harris, RosettaBooks LLC.    映画については『バング・ザ・ドラム』の項を参照。

映画でマイケル・モリアーティが演じていた大リーグの人気投手、ヘンリー・ウィギンが主人公の小説は4作あって、中でもこれが名作との評価が高いらしい。*1

映画はヘンリーの語りで話が進んでいきますが、小説もおなじくヘンリーの一人称で、しかも本当に野球選手が喋っているような口語体で書かれています。このおかげで嬉しいことに、読んでいると全編モリアーティの声で再生されるのです。映画のモノローグがずっと続いている感じ。

たとえば小説の冒頭。奥さんのホリーとニューヨーク州の自宅にいるヘンリーが、ミネソタ州ロチェスターから長距離コレクトコールを受けるところから始まります。メイヨークリニックでホジキン病との診断をうけたブルースが電話してきたのです。

交換手の後ろでこう言っている声が聞こえた、「電話に出てくれよ、アーサー」

ぼくのことを「アーサー」と呼ぶ人間は一人しかいないから、最初に思い浮かんだのはミネソタ州ロチェスターで警察に捕まっている彼の姿だった。なぜ警察なのかは知らないけど、ともかくそんな絵が浮かんだのでホリーに「ブルースがミネソタで捕まった」というとホリーが起き上がって、ぼくは交換手に「ほんとに大事な用なんだろうな?」と言った。

「アーサー、アーサー」とブルース、「頼むから出てくれよ」 で、ぼくは出ると言った。

読み進めるにつれ、ヘンリーの率直で魅力的な人となりや、差別をきらう心情が映画以上にはっきり見えてきます。そしてヘンリーとブルースの両方がこの一シーズンを通して成長する様子。

映画と原作がある場合、どっちを先に体験するかは人によって好みが違うかもしれないですね。私は先に読んだものを後から映像で見るとだいたいがっかりする方です。逆に今回のように映像が先の場合はイメージがしやすい上、モリアーティの声というおまけまでついてきて幸せな読書体験でした。

上記の引用部分で「アーサー」という名前はブルースしか使わないとなっています。この理由を説明すると、ヘンリーはシリーズ1作目の The Southpaw を自分で書いたという設定なので、チームメイトは彼のことを「オーサー(作家)」と呼んでいるのです。*2 ところがちょっと鈍いブルースはその意味がわからなくて「アーサー」だと思っている。ヘンリーは事あるごとにブルースに「アーサーと呼ぶな」と文句を言いますが、どうも通じないのです。

映画ではこの辺の描写はなくて、たいていの登場人物は「アーサー」と言っている気がします。端役の人がはっきり「オーサー」と呼んでいる場面はありますが。

原作は1956年で、ヘンリーの同僚には第二次世界大戦の帰還兵がいますが、映画は時代設定が1978年の制作と同時代。ベトナム帰りの選手がいるし、ブルースがスマイルマークのついたTシャツを着ている場面がある。そもそも衣装全般がみまがいようのない70年代で、ヘンリーのシャツが振袖みたいな柄だったりします。

この話は、映画以前にも1956年にテレビドラマ化されたことがあるそうです。USスチール・ショーという生放送(!)のドラマシリーズ。その時の主演はポール・ニューマン、『熱いトタン屋根の猫』でオスカー候補になる3年前です。また原作者のマーク・ハリスによる脚本で舞台作品にもなっているのですが、日本では俳優座が「ボールは高く雲に入り」という題の翻案で上演したことがあるらしいです。

最後に、この映画のサントラ盤があることを発見。アーティストのクレジットにモリアーティの名前もあり。でもビニールなのであきらめかけてたら、なんとおまけでCDにコピーしてくれるという店(権利関係はクリア済と書いてあった)があり、注文しました。「今からコピーするね!」とメールも来たので、楽しみに待っているところです〜
 

*1:1作目の The Southpaw (1952) はこの後に買って読んでいるところです

*2:1作目時点でのヘンリーの愛称は普通にハンク。