Blood Link 『ブラッド・リンク』

  
マイケル・モリアーティ一人二役を演じている映画です。イタリア/西ドイツ作品、1982年。Qと同じ頃。『ブラッド・リンク』というタイトルで日本版VHSが出ていたらしい。私が買ったのは米国版VHSです。

クレイグとキースは結合双生児として生まれ、子供の時に分離手術を受けて別々の家庭で育った。そしてジキルとハイドのように、片方は善良、片方は邪悪な人間に成長している・・・という設定からしてB級な感じのするサイコ・ホラー。見どころは二人が再会して対決する場面です。もちろん一人芝居を二本撮って編集してあり、モリアーティ対モリアーティという、ファンにはたまらない演技がみられます。

ストーリーは破綻気味ですが、透過光や反射光をたくさん使った夜の映像は美しいし、戸外の風景は索漠としてて好きです。それにエンニオ・モリコーネの音楽がすごくロマンチックで忘れがたい。映画評をいくつか見ましたがほとんど必ず音楽に言及してます。

以下、軽くネタバレです。
冒頭、ヨーロッパのどこかの街、クラシックな舞踏会での殺人。若い男と踊っていた年配の女性が刺され、男は誰にも気づかれずにその場を去る・・・

と、その夢からさめたのは、アメリカのどこかの大学町に住んでいるドクター・クレイグ・マニングズ。夢の中の男は自分と同じ顔をしていた。でも、たまに起きる異様な悪夢と幻視を別にすれば、クレイグは前途有望な医師で、オフィスにいる可愛い助手にとっては優しい恋人だったりします。

夢が気になった彼は研究中の電気療法を自分に試し、何かを思い出す。双子の兄弟キースは17歳の時に火事で死んだと思っていたが、どうやらそうではないらしい・・・そして夢に出てくる場所はドイツのどこかの港町であることがわかる。幻視はキースの目を通して見た映像で、連続殺人を行っているのはキースなのか。

クレイグは「もうひとりの自分」を追ってハンブルグへ。ここからキースも登場します。クレイグの容貌や衣装、それに表情はベン・ストーンを少し若く神経質にした感じですが、キースはダブルのスーツの上にレザーコートをひっかけたジゴロ風。メイクも濃いめ、髪や肌の色は明るめ。声はクレイグより少し高い。笑ったり、愛想を振りまいたりするかと思えば突然サイコな表情になったりします。ちょっとオカマっぽいところもある。

キースはクレイグの昔の患者のボクサーと偶然出会い、心臓が悪いのを知っててスパーリングに誘い発作を起こさせる。これ、猫がネズミをいたぶるようですごく残酷な場面です。なのにキースは無邪気に楽しんでいる。いやもちろん演技なんですが、その楽しそうな様子があまりにリアルで見ていて怖い。

キースとクレイグの間では、幻視は双方向。一方が目にする光景を他方も見ることができるのです。キースはそれを使ってクレイグをおびきだします。いかがわしいホテルの部屋で再会を果たす二人。立ち尽くすクレイグの前で、妖しい魅力をただよわせるキースが小芝居を演じてみせる。クレイグはキースから目が離せない。「.....僕らは本当にそっくりだ」 「そうかい?僕は自分らしくなろうと努力したのに」というキースは、クレイグに劣等感をいだいている。生真面目なクレイグは医者としてキースを助けたいと思ってるが、キースにしたら余計なお世話なんです。

二人はあいかわらず幻視でつながっていて、キースは「片方が死ねば、この絆を断ち切れる」という。

「僕が嫌いなんだろ、クレイグ?」
「そうだ、お前の犯罪を憎んでいる」
「愛してほしいんだよ、クレイグ。認めてもらいたいんだ」と涙を浮かべるキース。

だけどそれは実はクレイグを油断させる芝居で、一発殴って失神させた隙にキースは逃げ出してしまう。

これが両方モリアーティですから、マニアにとっては悶絶ものの眺めです。クレイグとキースは正反対の性質を持ちながら、やっぱり深いところは同じ人間。そして、反発し合いながら分かちがたく結ばれている。そういう微妙な役づくりが見られます。もしかしたらダミーの相手役も置かずに演技してるんじゃないかと思います。だって相手役は自分なんだから、反応のタイミングを計ったりするのも完璧にできるわけだし。モリアーティはとくにキースを演じるのを楽しんでたと思います。

演技は見ごたえありますが、最初に書いた通りストーリーには突っ込みどころがけっこうあります。クレイグはキースを恨んでいるボクサーの娘に間違えて殺されかけ、なぜかその後彼女とベッドに入ってる(ガールフレンドは、そして真面目設定はどうした!)。そこにキースがやってきてまたクレイグを失神させ(殺人鬼に狙われてるんだから、ちょっとは警戒しなさいよ!)、ベッドの中で入れ替わってたり(こ、このシーンは怖いです)。そしてキースによる殺人でクレイグが誤認逮捕され(ドイツの警察をなめてるな)・・・

そんな状態なので、作品としてはサイコ・ホラー好きなら楽しめるかも?という感じです。シリアスなラブシーンはレアものと言えますが、主にキースの方だからまったくロマンチックじゃなく、怖かったり悲しかったりします。

キースは最後に死んじゃうんですが、クレイグが「彼は死んでいない。僕らはまた一人の人間になったんだ」と呟くとおり、単純な結末ではなく、謎と不安を残して話は終わります。


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サイコ・ホラーといえば、ジャック・ニコルスン主演の名作『シャイニング』(1980年)についての記事が検索に引っかかってきました(ホラー映画が話題になるのはハロウィーンが近いせいですね)。それによるとキャスティング段階でまず候補に挙がったのがロバート・デニーロロビン・ウィリアムズだった。しかしスタンリー・キューブリック監督は『タクシー・ドライバー』を観て、デニーロでは演技にサイコ味が足りないと考えたらしい(すごい話だ)。そしてウィリアムズはサイコティックすぎると(それももっとすごい話だわ)。

また、原作者スティーブン・キングはジャック・ニコルスン起用に反対だった。理由はルックスがサイコすぎるから。もう少し「まともな」見た目の俳優の方が、普通の人間がだんだん狂気へ陥っていくドラマが際立つとして、マイケル・モリアーティジョン・ボイト(『真夜中のカーボーイ』)を推したとのこと。

この前のベン・ストーン役決定の話と正反対で、モリアーティは「まとも」な方に分類されているのが面白いです。でもそれはあくまで「サイコ系演技派俳優」の中での位置づけなんでしょう。そりゃ、ジャック・ニコルスンに比べれば誰だって普通に見えますって・・・