"Q: The Winged Serpent" 『空の大怪獣Q』1/2

 
ラリー・コーエン監督、マイケル・モリアーティ主演。このコンビの作品を今までのところ4作観た中で最もドラマとして質が高く、何よりもスタイルがあると思ってます。なにしろ30年たった今でも新しいレビューが映画サイトに載るくらいで *1、モリアーティの演技についてはだいたい評価が高い。その代わりに話は分かりにくくて、映画ファンからは賛否両論あります(笑)

ベースは都会のフィルム・ノワールです。舞台はほとんどマンハッタン(その点では Law & Order の舞台設定とほぼ同じ)。ここに古代のアステカから甦った神ケツァルコアトルが棲みつくという話が絡む。

モリアーティ演じるジミー・クィンは、気が小さくて何をやってもダメなちんぴらです。ベン・ストーンのアンチテーゼと言ってもいい。犯罪者と検事という立場の違いだけでなく、見た目も対照的です。しまりのない表情や、長い手足に力が入ってなくて、ふらふらと歩き回るところ。そして何より、抑鬱的なストーンに対して、ストレスがかかったときに躁状態になるところ。クライスラー・ビルの尖塔に登ったときに最初の兆候を見せ、強盗一味に追い詰められると狂躁状態におちいるだけでなく、その後は誇大妄想的な言動が出たり突発的に怒り出したりします。

この点は、じつはモリアーティ自身に近いのだろうと思っています。彼が自分でそう言っているし(Stern Angelsに、’自分はマニックな傾向があるがバイポーラーではない’という部分がある)、L&O降板騒動への一連の反応を見ていてもそう感じることがあります。本人はジミー・クィンが自分だとは認めなさそうな気がしますが、傍目からは共通するところがある。本当はミュージシャンになりたかったのに別の職業を選んでしまったことも含めて。

それに対し、冷静で、つねに威厳を保ち、権威をふるうベン・ストーンは「なりたくてなりきれなかった自分」ではないか。モリアーティのストーンに対するアンビバレントな態度を見ているとそう思います。だけどまあ、この記事はベン・ストーン論じゃないのでこれくらいにしておいて(笑)

共演のデイビッド・キャラダイン(日本ではこの表記が一般的みたいだけど、実際にきくとキャラディーンという感じ)は『キル・ビル』のビルの役者、コーエン監督の長年の友人だったそうです。この映画での役はQ事件の核心に迫るシェパード刑事です。

映像は、ヘリコプターによる空撮が素晴らしい。空から見るマンハッタンがどれほど美しいか、あらためて認識できます。怪鳥の視点で今は亡きツインタワーの間を覗き、飛びながらブルックリン橋に落ちる自分の影を見下ろし、クライスラー・ビルディングの尖塔を旋回する。それにオーケストラの音楽が完璧にマッチしています。

作中、シェパード刑事が「最近の俺はバードウォッチャーでね」という場面があります。Qを追っていることを指してるんですが、実は私も鳥好きだからこういうのわくわくします。飛ぶもの映画、『ナウシカ』とか『アバター』も大好き。Qは『アバター』のイクランと同じく、鳥というより爬虫類系の生き物です。原題「翼のある蛇」あるいは儀式の呪文に出てくる「羽毛のある蛇」のとおり。だけど「Qがイクランの造形に影響を与えた」という私の説はたぶん誰も支持してくれない(笑)

字幕がなくて話がいまいち把握できないので、日本語の解説を求めてあちこちレビューを見て回りました。その結果、怪獣映画ファンにはおおむね不評なことが判明(笑)いつまでたってもモンスターが出てこないで延々と変なダメ男の話ばかり・・・ という感想を見ると、可笑しくてくすくす笑いが抑えられないのと同時に、その変なダメ男のファンとして皆さんに謝りたくなります。

「必然性が無い人格が出てきて物語の本筋と余り関係無い事を・・・」
「怪鳥の巣を目撃した男に話の焦点が移るのは新味を狙ったのだろうが完全に逆効果・・・」
「スットコドッコイな小悪党ぶりを貫徹するクインの感じ悪いキャラ・・・」
「Q自身のデザインや操演は悪くなかっただけに、ドラマ部分の冗長さが・・・」

たまに好意的な評もあります。
「監督さんが元々こういった人間ドラマをメインに描きたかったとしか思えない・・・」 
「あのダメ男の話がすごい良かったと思ってるんですが・・」 
「あの弾き語りは心に残る。ブルースは技巧ではないのだ。 」 おお、これは!クィンの演奏がここでもブルースと言われてます。


では、前置きが長くなっちゃいましたが、ストーリーいきます。ネタバレですので、これから買おうという方はご注意ください。そんなにいるとも思えないですが。また、しつこいようですがグロ映画でもあり、いろんな状態の死体と残虐行為が出てきます、苦手な方はご留意を。


冒頭、エンパイア・ステート・ビルディングで窓拭き人の頭部が引きちぎられる事件が発生。いきなりグロです。警察には犯人の見当もつかず事故ということになる。

ジミー・クィン登場。彼の物語はだいたいロウワー・イースト・サイドあたりで展開します。ユダヤ人街、チャイナタウン、リトル・イタリー界隈。ちなみに検事局も近くといえば近くです。Qの巣だけはミッドタウンにある(もちろんあちこち飛び回ってるわけです)。

5人の男が中華料理屋で食事しながら宝石店襲撃の密談をしていて、その中で一番気弱そうなのがクイン。俺は運転手役、店には入らないし銃も持たない、とヘタレなことを言いながら分け前は5分の1を要求。仲間に鼻で笑われて「ほかにも仕事の口あるもんね」と強がってみせる。

この場面では、ウェイターが北京ダックの皮を削ぐところをしつこく映している。なんだ?と思ったら次のシーンで全身の皮膚を剥がれた死体がホテルで発見される・・・うげぇぇっ。そしてさらにビルの屋上で犠牲者が。

次がビレッジにあるバーのシーンです。強盗はリスクが高いわりに分け前も少ないし、クィンはまともに働く最後のチャンスとして、ガールフレンドが働くバーのピアノ弾きに応募します。その場で演奏してみろと言われて弾くのが "Evil Dream"。

クィンの演奏を、たまたま店に入ってきたシェパード刑事は気に入った様子。でもバーの床に寝ている犬は不愉快そうに唸るし、バーテンダーの意見はもっとはっきりしてる。演奏の途中でカウンターの後ろから出てきて、ジュークボックスにコインを入れる。「うちの店で探してるのはこういうスタイルだ」って示すわけです。それを見たクィンは What do you do - what do you do? と歌います。これ、もともとの歌詞なんですが、ここでは「何すんだよぉぉ」っていう抗議にもなってます。(この音がEフラットで、バーテンのかけたR&Bのイントロが同じ音で始まる *2。妙なところにこだわってあります。)

でもクィンはそれ以上抗議できず、「ほかにも仕事あるもんね」と、同じ強がりを言いながらふらふらと店を出ていくだけ。そのときにシェパード刑事と短い会話をかわします。  シェパード「ヘイ、俺は悪くないと思ったぜ」  クィン「ふん、あんたに何がわかる」 

バーで採用されなかった彼はけっきょく強盗を手伝うことに。たぶんユダヤ人街だと思います。宝石店の名前がニール・ダイアモンド(笑)。クィンは獲物のダイアモンドが入ったカバンを徒歩で運ばされますが、そこは生まれついての負け犬。カナル・ストリートあたりでタクシーにはねられてカバンを失うという大ポカをやらかします。脚をひきずりながらチャイナタウンを彷徨うクィン。ゲリラ撮影なので、街を行く人々もエキストラじゃなく本物の通行人だそうです。

やばいと思った彼は、クライスラー・ビルディング(画像検索してみてください・・・ああ、あれかと思うはずです、L&Oのオープニング、初期シーズンのロングバージョンにも2カット目に映ってます)にある弁護士事務所を訪ねますが、警備員に誰何され、最上階からさらに梯子段を上ってタワーへ逃げ込む。そう、あの尖塔です。壁はなくスカスカ。(だから怪鳥が出入りできる。)狭いし、足元は建設現場みたいだし、つまづいたらそのまま77階分墜落するような場所。こんなところでよく撮影したものです。

ここで薄笑いしながらの台詞。「俺は今まで、たいていのものに怯えて暮らしてきた・・・だけど高いところだけは怖くないんだ。ひぃひぃ」

クィンはここで巨大な巣と卵を発見する。真顔で卵をノックしてみるところが笑えますが名シーンです。そして、喰われたような跡のある死体と、それをついばむハト達。

彼は逃げだし、熱に浮かされたようになってガールフレンドのアパートに転がり込む。死体だの卵だのわけわからないことを口走るので、彼女は彼がまたクスリをやってるのかと疑う。ソファに倒れ込んで泣き出すクィン。以前の記事で「眼の色が変わる」と書いたところです。

ガールフレンド 「とりあえず寝なさい。起きたらベーコン・エッグでも作ってあげる」
ジミー・クィン  「た、卵は嫌だ!もう一生見たくない!」

ストーリーの一方では屋上から人がさらわれる事件と気味悪い儀式殺人が続き、シェパード刑事がだんだんとその二つの関係に迫っていきます。

宝石強盗の二人がクィンの居場所をつきとめ、襲ってくる。彼がダイアモンドを隠していると疑っているんです。バスルームの窓から逃げ出すシーンで、例の "Evil Dream" のスタジオ版がかかります。

非常階段から通りに出るもすぐに捕まって殴られ、自身がEvil=邪悪に変貌していくクィン。宝石を返すと二人組をだましてQの巣へ連れていく。タワーに着くと狂躁モードにスイッチが入り、77階の虚空まで数フィートのところで踊るように、「ほら、すごいだろこの景色!何かを隠しておくのに、これほどいい場所はない!」と叫び続ける。

クィンのもくろみ通り、強盗二人は巣にいたQに喰われてしまいます。骨をかじる不気味な音を背後に梯子段を下りながら泣き笑いで叫ぶクィン。"Eat 'em! Eat 'em! Crunch crunch."「齧れ!齧れ!ガリゴリ!」このへんの台詞はアドリブだそうです。

「喰われちまった!俺のせいじゃない、俺じゃない、お前らが俺を追いつめたのがいけないんだ・・・」


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はっ! ここで気がつきました。こんな風にクィンの一挙手一投足を描写してたら、いつまでたっても終わらない!まだ45分しか経ってないのに!

とりあえずストーリーの後半は別の記事にすることにしまして。

タワーで狂いだすジミー・クィンの様子ですが、スティーブン・ジャービス(『悪魔の赤ちゃん3』)の躁状態より、悪意が入っている分インパクトがあります。Evil Dream =悪い夢が具現したかのようです。

ところで、マイケル・モリアーティのCDのうち、Reaching Out というアルバムに "Evil Dream" が入っているらしいのでどうしても欲しいと思ってました。他のCDほど数がないみたいで、やっと見つけても誰かに先を越されて悔しい思いをしたりしてたんですが、今回なんとか発送までこぎつけました。。。あとは無事届くのを祈るのみ。

ちなみに、今月になってから誰かがこのアルバムから2曲ほど動画サイトにアップしてます。カナダの人らしい。誰なんでしょうね(笑)
 
 
*1 今月に入ってからだけでも、二つの映画サイトでQのレビューをやってます。
   30 Years On: Q - The Winged Serpent Revisited Andrew Stimpson, September 5th, 2012
   The New York Nightmares of Larry Cohen Review – Beyond Scala By Rob MundayPublished: September 9, 2012

*2 この曲、"Let's Fall Apart Together" by Andy Goldmark とクレジットがあります。音源は探したけど見つからなかった。アンディ・ゴールドマークはニューヨークがベースの実力派シンガー・ソングライターのようです