1974年トニー賞授賞式

 
マイケル・モリアーティの過去作品のうち、1973年の舞台Find Your Way Home が気になっていて、原作を読んだり映像や写真を探したりしていたんですが、その関連でやっと見つけたのがこちらの、1974年トニー賞授賞式のテレビ放送の録画です。なんと40年前。

トニー賞は今や日本でもテレビ放映されてるみたいですね。豪華な顔ぶれのプレゼンターやいろんなパフォーマンスが楽しめるのは昔も今も同じ。ただ、アカデミー賞エミー賞より地味なのは当時も否めなかったようで、この番組も最初にでてくる夫婦の小芝居でちょっとした自虐ギャグがあります。

夫        「早く早く、エミー賞だぞ」
妻        「あら違うわ、これオスカーよ」
アナウンサー 「ブロードウェイから生中継でお送りします!・・・・・第28回トニー賞授賞式!」
夫婦       「何それ?!」

2時間半、十分楽しんでいただいたところで、主演男優賞の発表はいちばん最後です。プレゼンターは大女優ベティ・デイビス。候補者は5人。

http://youtu.be/qWfRrQtL9Bc?t=2h37m02s

ステージに上がったマイケルは、「この挨拶を捧げたい人は・・・」と話しはじめます。
The words I have to say are dedicated to John Hopkins, Ed Sherin, Rick Hobard, Bill Devane, and to my wife Françoise.

ここで名前を挙げられている人々についてちょっと解説しますと、
ジョン・ホプキンズ Find Your Way Home の原作者です。
エドシェリン おなじく演出家。彼の映画デビュー作 My Old Man's Place の監督でもあるし、Law & Orderのエグゼクティブ・プロデューサー でもあります。
リック・ホバード おなじくプロデューサー
ビル・ディベイン 俳優ウィリアム・ディベイン。 My Old Man's Place や1975年の Report to the Commissioner で共演していて、友人なんだろうと思います。

スピーチの本文は短くてすぐ終わっちゃいます。スター俳優とはとうてい思えない内気な様子でぼそぼそと話し、逃げるように舞台の袖に消えるのが、かえって他の人と違って印象的です。

The theater has always been the place to me where I have been obligated as an actor and a member of the audience, to not be afraid of who I am, what I am, or what I could be. When the magic of the theater surrounds me, that kind of fear always leaves me. It is then that I learn about who I am, what I am, and what I could be. And that knowledge about myself is not important for the theater: what is important to the theater, I think, is the fact that I can share with people, not just the knowledge but the moment when I am not afraid. And within the moment, I think, more than just myself accepts who I am, what I am, and what I could be, I think we accept who we are, what we are, and what we could be: and even more miraculously, that experience helps us to accept what we have been. I want to thank the theater for having already given me a life, filled with riches beyond my wildest dreams. Thank you.

ぼくにとって演劇とは常に、演者としてであれ観客としてであれ、自分が誰なのか、何者なのか、どんな存在になるのか、に怯えずにいるための場でした。演劇の魔術に包まれるとき、そういった怖れはすべて消えてしまう。そして自分が誰なのか、何者なのか、どんな存在になるのか、を見つめることができる。ぼく自身を知ることは演劇にとって重要なことでない。重要なのは、そうやって知ったことだけでなく、怖れないでいられる時間を人々と共有できることだと思う。そういう時間の中で、ぼく自身が自分が誰なのか、何者なのか、どんな存在になるのか、を受け入れるだけでなく、われわれ全員が自分が誰なのか、何者なのか、どんな存在になるのか、を受け入れるのです。そしてもっと素晴らしいことに、そういう経験が、われわれが過去の自分を受け入れる助けともなってくれる。演劇は、ぼくが想像もしなかったような豊かさに満ちた生活を与えてくれました。そのことに感謝したいです。


繰り返しが多いわりにはわかりにくい文章で、彼の書くものにもよく似ている感じがします。同じ人なんだからあたり前か。だけど自分が何者なのか知るのが怖い、でも探し続けている、という切羽詰まった感じはよく伝わってきます。

Find Your Way Home の主人公であるゲイの若者ジュリアンも、年上の恋人に去られてから自分を見失い、行きずりの関係を繰り返してみずからを傷つけるような生活をしていましたが、最後には恋人を許し、自分自身を受け入れる。そういうことも影響しているのかも、と思いました。
 
 

Law & Order 4-9 Born Bad 「片隅の少年たち」

 
世間は Law & Order: UK の話で盛り上がっているこのごろ・・・ いつも周回遅れの私は第2話をいまごろ見まして、でやっぱりストーン時代のオリジナル・エピソードを思い出してそっちの話をしたくなってしまいます。

かなり好きなエピソードなのに感想書いてなかったのは、記事にするための核というか柱が見つからなかったせいなんですが、このあいだクイーンのアルバムを聴いていてこれだ!と思いました。そう「ボヘミアン・ラプソディ」なんですこの話。

知らない方のためにちょっと解説しますと、ロック史上もっとも有名な曲のひとつとも言われております。ふとしたことで人を殺めてしまった少年の告白と苦悩を歌うバラードから始まるのですが、途中で一転してオペラ風となり、彼を救おうとする天使の軍勢と、地獄に落とそうとする魔王の勢力との戦いになる。その間で木の葉のように翻弄される人間・・・ ああ書き方が下手なせいでお笑いみたいに聞こえますけど、本当は何度聴いても鳥肌の立つ、映画一本分以上の内容がある名曲なんです。

オペラ・パートでは、少年を許してやろう!という天使勢と、いや逃がしはしない!という魔王の綱引きが展開されます。このエピソードでの「天使」は少年の里親と、ヘレン・ブローリン弁護士ですね。彼女は被告を少年法のもとで裁こうと奔走します。

それに対し、ストーンは「魔王ベルゼブブがぼくのために用意した悪魔」ということになります。キンケイドも同じ、彼女が会いに行った少年事件専門の弁護士も、こんなことを言ってるから同類みたい。

From what I read, Chris Pollit should be riding the ferry on the river Styx.
ファイルの内容からすると、彼はステュクス川を渡る船に乗っているべきだ。
  
字幕:地獄送りになるべき犯行だ

検察側が被告の前歴を暴いたせいで家裁への移送が却下されると、ブローリン弁護士は「XYY染色体のせい」という強引な説を持ち出す。ムチャなのは自分でもわかっていて、「判事を一人説得するより十二人の陪審員を混乱させるほうが簡単なのよ」という。

この、ストーンとブローリンが街頭で議論する場面はなかなか面白いです。依頼人を守るためには何でもやる、という彼女のプロ意識にストーンが(心の中で)敬服しているのが見えるからです。この二人の間にはプロ同士で通じ合うものがある。

だが、「被告の邪悪さは生まれつきである」という彼女の主張が、人種差別をあおるという形で世論に与えた影響に、ストーンは強い嫌悪を示す(シフの部屋で新聞の投書欄についてしゃべっている場面)。おそらくそのせいで、遺伝子説に乗っかった母親の証言を論破するのにいささかやりすぎな質問をします。

少年にとってとどめの一撃となる言葉が悪魔ストーンでなく、誰よりも愛してくれるはずの母親のものであるところが痛切です。“ラプソディ”のロックパートで、自分を見捨てた母への怒りが歌われるのとも呼応してます。

しかし法律家二人にとってはこれも仕事上の丁々発止にすぎず、バーの場面では取引を決めたあとに仲良く飲んでたりします。まだ子供の被告を、自分たちがどう傷つけたか、眼中になかったんですね。被告の少年は、ギリシャ神話で神様どうしの戦いに翻弄される人間っていうところです。

翌朝になってそれに気がついたストーンですが、いまさら悪魔から天使に転向したいといっても、魔王シフには当然許してもらえません(笑)

You want them to start naming churches after you, I'd get another profession.
お前が教会に名前を遺したいというなら、私は別の職を見つけるよ。
  
字幕:聖人を目指すなら、転職しろ


ラストの場面は珍しくタグ(締めの会話)がなくて、少年の絶望がアップになったところですとんと暗転する。やりきれない気持ちにさせられます。
What's the point...   意味ないさ・・・

このセリフも、フレディの諦観のつぶやき(風がどちらへ吹こうとも・・・)と似ているのですよね。


最後に、UKのエピソードについてちょっとだけ。ラストシーンでスティールにわざわざ説明に出向かせることで、視聴者の感情を処理してありました。これは好みの問題ですけど、私は解決策を提示しないプライムの演出のほうがL&Oらしいんじゃないかと思いました。

キャラクターの中ではやっぱり検事に目が行きます。ストーンによく似た感じの人を探してきたな、と思います。口許にいつも何かをこらえている印象があって、ストーンの「何かを抑圧している感じ」を彷彿とさせる。こらえているのが怒りなのか、それとも笑い出しそうなのを我慢しているのかはわかりませんが・・・ こういう謎のある感じ、やっぱり好き(笑)
 
 

掲示板より

 
 
ある掲示板に最近「Law & Order のマイケル・モリアーティ」というスレッドが立ち、2日のうちに次々とレスポンスがつきました。ファンにとっては必ずしも嬉しい書き込みばかりではないですが、抜粋して紹介します。

というのもL&O降板騒動当時の彼の常軌を逸した言動が、アメリカではいまだにかなり有名らしくて避けて通れないからです。それにサム・ウォーターストンのファンも参戦して(バトルというほどじゃないけど、どっちがいいかって必ず論争になる)盛り上がってます。

ここ、実はゲイのための情報サイトなのでそっち系の話になるかと思ったけど幸いそれはなく(笑)ただ彼がむかしトニー賞を受賞したのがゲイの役で、その舞台を観たという人がいたのがよかったです。

ではいきます。レス中"OP"とあるのはスレッド主というか1というか、最初の人のことです。

投稿者: 名無し レス数 44 09/29/2014 @ 08:27PM
Law & Orderのマイケル・モリアーティが大好きだった。190cmという長身のおかげもあって、あの番組の中でもきわだった存在感があった。ずっと昔にサム・ウォーターストンと交替してしまったが、ウォーターストンは彼に及ばなかったと思う(というか、いいと思ったことがない)。

投稿者: 名無し レス番 1 09/29/2014 @ 08:39PM
偶然だな。週末に80年代俗悪ホラーの『ザ・スタッフ』を見てた。
あの作品のモリアーティはなかなかセクシー、黄色いつなぎ着てる場面のおケツの形が極上。

投稿者: 名無し レス番 2 09/29/2014 @ 08:40PM
ジャック・マッコイ役のウォーターストンは素晴らしい。モリアーティは平凡でつまらなかった。
OP、あんたはバカ。

投稿者: 名無し レス番 4 09/29/2014 @ 09:04PM
R2に同意。俳優と役の完璧な組み合わせがあるとしたら、それはサム・ウォーターストンとジャック・マッコイだ。
マイケル・モリアーティはいい役者だが、Law & Order はモリアーティ後にレベルが大きく上がった(女性キャラが増えたのも良かった)。

投稿者: OP レス番 8 09/29/2014 @ 09:51PM
そもそもモリアーティのことを知ってるかどうか、投票できるよう設定すりゃよかったな。
彼はけっこう大きな役でも完全に背景に溶け込む能力を持った性格俳優だ。
だから自分自身に注意を引きすぎることなくストーリーを展開させられる。知名度はなくとも実力のある俳優。

投稿者: 名無し レス番 13 09/29/2014 @ 11:04PM
Law & Orderのモリアーティ、好きだったな。だけどウォーターストンもよかった。どっちを選ぶって問題じゃない。

投稿者: テイクンも良かった レス番 16 09/29/2014 @ 11:21PM
OPに完全同意。ウォーターストンはマッコイという名キャラクターを創出したが、モリアーティはベン・ストーンそのものだった。
容疑者とか証人とか弁護士を脅すのに長身をさりげなく使ってるところがいい。
暴力じゃなく、パーソナルスペースをじわじわ侵害して相手をいたたまれなくするんだ。
マッコイみたいにわあわあ喚くことをしないが(それはそれで面白い)、ストーンの静かな声はダイアモンドも切断する。

シーズン1のベン・ストーンとマックス・グリービー(ジョージ・ズンザ)は素晴らしかった。いつも考えさせられたよ。
それに、シャンバラ・グリーンとのケミストリー。あの二人のシーンは火花が散りそうだった。
そのほかのモリアーティ作品ではバング・ザ・ドラムとペイルライダーが自分のお気に入り。

16番氏は作品たくさん見てるししかも細かいところまで観察してます。モリアーティがストーンを作ったのでなく、モリアーティはベン・ストーンであったのだ、というくだりがいいですね。

投稿者: 名無し レス番 18 09/29/2014 @ 11:54PM
自分は少数派だとわかってるが、ウォーターストンは好きになれなかった、『シリアル・マム』でさえ。彼の芝居はどうも一本調子な感じがする。
Law & Order のモリアーティは良かった。だけど降板後に受けてたインタビューでは完全に頭がおかしいように見えたよ。アメリカを憎んでる極右派って感じ。
このトークショーではもろ基地外
YouTubeへのリンク)

このあと、ビデオを見た人から「うわぁぁ」というレス続く。カナダのトークショー番組で、彼がべろんべろんに酔っぱらって出てるやつです。L&O降板騒動の模様を語る人も。ひとしきりクレイジー話が続いたあとで、昔の彼の人気を知る人が出てきます。投稿者の年齢層、けっこう高い(笑)

投稿者: 名無し レス番 27 09/30/2014 @ 09:01AM
1970年代なかば、モリアーティは引く手あまたの人気若手俳優だったんだよ。舞台、映画、テレビの全部で。
自分はブロードウェイで Find Your Way Home を2回観た。
イギリスの新作芝居で、中年男の若くてセクシーな恋人の役を演じてて、本当に衝撃的だった。
今じゃあの話は受けないか・・・ ニューヨークでは一度もリバイバルされてないな。

リンカーン・センターでやってた『リチャード三世』も観た。ひねった解釈の、力強い演技だったよ。あのころ彼の大ファンだったんだ。
同じ頃に、テレビの『ガラスの動物園』ではキャサリン・ヘプバーンの相手役でトム・ウィングフィールドを演じてる。サム・ウォーターストンがジェントルマン・コーラーだった。

ええ、あの舞台とリチャード三世の両方を観たなんて・・・うらやましすぎる。 Find Your Way Home は録画かせめて写真でもないかと思って探してるんですが、まったく見つからないのです。原作の戯曲だけは手に入れて読んだのですが。

投稿者: 名無し レス番 28 09/30/2014 @ 09:07AM
昔から、マイケル・モリアーティを見ると落ち着かなかった。子供心にも頭がおかしいのが判ったから。
眼がクレイジーだし、見てて怖かった。彼が現実離れしてしまったのも驚きじゃない。

投稿者: 名無し レス番 35 09/30/2014 @ 01:11PM
R27、逆だよ。モリアーティがジェントルマン・コーラー役だ。
自分もFind Your Way Home を観た。彼は素晴らしかったし、トニー賞を獲ったのも当然。

投稿者: 名無し レス番 36 09/30/2014 @ 01:42PM
モリアーティはLaw & Order でも『ホロコースト』でもとても良かった。
R28に同意見──彼には人を落ち着かなくさせる何かがある──どうしても振り払えない寒気というか。
実生活でどんな人なのか知らないが、スクリーンから伝わってくるのはそんな感じ。演技にそれを生かしてるんだな。
サム・ウォーターストンも好きだった。違ったやり方で演じてるよね。両方好きでもいいはず。

そしてもう一人、舞台を見たという人が登場。

投稿者: Lulu in CT レス番 40 09/30/2014 @ 03:53PM
ブロードウェイの『マイ・フェア・レディ』でモリアーティを観て、彼のヘンリー・ヒギンズは感情的で繊細な感じがした。あの役の解釈としては面白いよね。
それと、ずーっと昔にチェルシーで彼のジャズ演奏を観た。水を得た魚のようだった。才能あるミュージシャンだな。
だけどツイッターをチェックしたら過激な保守派・・・残念だわ

そしてこれが最後のレス。

投稿者: 名無し レス番 44 09/30/2014 @ 11:55PM
モリアーティは昔から頭がおかしかったんだよ。それが魅力の一部だったのかもしれない。今にもあふれ出そうな狂気がひそんでいる感じが。

・・・・・これが真実じゃないかと、私も思う。
 

Bang the Drum Slowly サウンドトラック

 
先月注文したビニール盤、約束どおりCDコピー付きで届きました。
十数曲入ってますが、"Street of Laredo" をもとにした主題曲と、“ブルースのテーマ”、それに "Look Before You Weep" のバリエーションが主です。

"Look Before You Weep" は、映画ではシンギング・マンモスがテレビに出て歌ってた曲ですね。
アーティスト名にマイケル・モリアーティの名前が入ってたので、このパフォーマンスがフルで入っているかといちばん期待してたのですが・・・ でも入ってなかった。

それは残念だったのですが、曲を聴いていると映画のいろんな場面がよみがえってきます。

“メインテーマ”はオープニングに使われている音楽で、"Streets of Laredo" をアレンジしてあります。最初のドラムロールと一緒に、ヘンリーとブルースが二人でランニングしているスパイクの足音まで聞こえそう。途中で2度ほど入る鐘の音が泣けます。

"Driving South" は冒頭、ヘンリーとブルースがミネソタ州ロチェスターのメイヨー・クリニックからジョージアのブルースの実家まで車で帰る場面です。映画ではほんの数カットでしたが、原作では二、三日かかるこの行程のあいだ、二人が言葉少なに現実を受け入れようと努力する様子が描かれます。

“ブルースのテーマ”は素朴な感じのメロディ。これが最初にかかるのは、ブルースが夜中に実家の庭で自分の新聞記事を燃やしているところです。

“ヘンリーとグース”というタイトルのトラックは、モリアーティとトム・シニョレッリの会話のバックで、球場のハモンドオルガンが "Look Before You Weep" を弾いているというものでした(このせいでアーティストクレジットに入っているらしい)。

この曲は映画のために書かれたオリジナルらしく、シンギング・マンモスのシーンでギターを弾いているのが作者だという情報があります。

ギター弾きの新人キャッチャー“パイニー”が雨の日に歌う "Streets of Laredo" はそのまま(台詞も含めて)入っております。この俳優はTom Lignon というひとですが、いつも映画に出るたびに歌いたくて仕方のないモリアーティは羨ましかったんじゃないかと思います(笑)

原作と音楽のおかげで、この映画にまたハマってしまい、一場面ずつレビューしたい気分になっています。『ホロコースト』が終わってからですね・・・
 

『ホロコースト』 ディスク4 ツィクロンB

 
ヘウムノの場面で「ドイツの化学の力を借りる」と言っていたエリック・ドルフが、民間の会社の研究所を訪ねてきています。今回の任務はツィクロンBの調達です。

前の幕で涙を流したエリックは、この場面では泣きやんだばかりの子供のような表情をしています(時系列では数か月後の話なんですが)。傷つきやすそうな、優しげな様子で、毒ガスの調達という恐ろしい仕事をするところがどうにも倒錯した感じを与えます。迎える技術者の方も、丁重かつ控えめな物腰です。親衛隊の将校が平服で殺虫剤の問い合わせにやってくる理由を察しているらしい。この二人のあいだで、ためらいがちな探り合いが展開されます。

[ドルフ]    これの効果は実証済み?
[技術者]   害虫駆除に広く使われておりますよ、鼠、シラミ・・・
[ドルフ]    その他に試したことは?その・・・
[技術者]   人間に?
[ドルフ]    ええ、まあ、犯罪者とか、不治の病人とか・・・(遠慮がちに微笑む)
[技術者]   その辺のところはどうも・・・私どもは化学者にすぎませんから。
[ドルフ]    非公式に聞いたところでは、被験者は苦しんで死ぬとか。
[技術者]   私が申しあげられるのは、こちらは燻蒸用としては第一級の製品だということ。それに一酸化炭素と違って機械を痛めません。
[ドルフ]    (相手の言葉をとらえて微笑む)おや、なぜ一酸化炭素とおっしゃる?
[技術者]   (はぐらかすように微笑み返して)噂ですよ。

最後の3行の解説を・・・ 「ヘウムノ」の項で少し触れましたが、この当時はラインハルト作戦(1941年から1943年)というものが進行中でした。ポーランドの3か所に絶滅収容所が建設され、一酸化炭素を使ったガス室でおもにゲットーの住人が殺害されたのです。時期的にはアインザッツグルッペンの銃殺隊とアウシュビッツ-ビルケナウ絶滅収容所の中間。一般的にはあまり知られていませんが、犠牲者の数はアウシュビッツ以上と言われています。このすこし後の場面でも、ドルフがラインハルト作戦に関わっていると示す台詞があります。

ドルフは注文を出すと言い、出荷に指定をつけます。アウシュビッツのヘース中佐へ送ってくれ。書類には「燻蒸用限定」と記すこと。


次の場面では、RSHA長官室で上司を待ちながら、ドルフとヘースが会話しています。ヘースがシャワー室に偽装したガス室の写真を見せ、ツィクロンBの調達を話題にします。ドルフが「量がまとまれば価格も安く」というと、ヘースが「需要にはこと欠かない」と絶滅収容所の名前を羅列してみせます。その途中でドルフは耐えられなくなったかのように目を伏せる。

ハイドリヒの死で後ろ盾を失った彼は、ときどきこういった気の弱さを露呈するようになります。親衛隊という過酷な競争社会で、それは同僚や新しい上司によって敏感に嗅ぎつけられ、格好の餌食にされていくのです。


ツィクロンBについては以前「時代背景3/3」の項目でこんな解説をつけました。

【この青酸化合物系殺虫剤の製造販売には、IGファルベンとは別のドイツ企業が主として関わっていました。ドルフが訪ねたと思われるメーカーに出資していた化学会社です。現在はもう吸収合併されて当時と違う社名になっていますが、そこのHPに会社の歴史の調査結果が載っています。軍需産業に不可欠なある素材を生産していたために、国策に深く組み込まれていったこと。ユダヤ人から接収された、あるいは収容所から集められた貴金属(金歯や眼鏡)の精錬を行っていたこと、ツィクロンBの特殊用途に、少なくとも子会社の責任者は気づいていたと考えられることなど・・・・・ 】

ネット上にはツィクロンBをIGファルベン製と誤解しているサイトがけっこうあります。また、最初から化学兵器として開発されたというのも誤解であります(L&Oでマッコイかカッターの台詞にそれっぽいのがある)。発明者のフリッツ・ハーバーはたしかにマスタードガスの開発者ですが、ツィクロンBそのものは上記の化学者の台詞の通り、もともと殺虫剤として広く使われていたのです。ドルフが書類に燻蒸用と書けと言っているように、SSはその建前を押し通し、ガス室にも delousing (害虫駆除)と表示する念の入れようでした。
 
メーカーの側もある程度は特殊用途を察していたらしい、というのは、ドラマの描写とも一致していますね。ただ絶滅収容所での使用量は一般の消費と比べるとそれほど大量ではなく、一見して異常がわかるほどではなかったらしい。

無駄話になりますが、なぜ私がこの辺にやたら詳しいかというと、実はこの「IGファルベンとは別の企業」の日本法人で働いていたことがあるのです。当時は社名も変わる前で、オリジナルの社章もまだ持ってます。その図柄が表わすそもそもの社業が社名の由来であり、青酸を扱う技術を持っていた理由でもあります。

Bang the Drum Slowly 原作

 
このところあまり映画やドラマを見なくなって、暇があれば本を読んでいるという生活です。もともと読書が基本だから、ここ2年は今までになくテレビを見ていた時期で、元に戻りつつあるだけなのですが。それで映画 Bang the Drum Slowly の同名の原作(1956年)を読んでみることにしました。Bang the Drum Slowly by Mark Harris, RosettaBooks LLC.    映画については『バング・ザ・ドラム』の項を参照。

映画でマイケル・モリアーティが演じていた大リーグの人気投手、ヘンリー・ウィギンが主人公の小説は4作あって、中でもこれが名作との評価が高いらしい。*1

映画はヘンリーの語りで話が進んでいきますが、小説もおなじくヘンリーの一人称で、しかも本当に野球選手が喋っているような口語体で書かれています。このおかげで嬉しいことに、読んでいると全編モリアーティの声で再生されるのです。映画のモノローグがずっと続いている感じ。

たとえば小説の冒頭。奥さんのホリーとニューヨーク州の自宅にいるヘンリーが、ミネソタ州ロチェスターから長距離コレクトコールを受けるところから始まります。メイヨークリニックでホジキン病との診断をうけたブルースが電話してきたのです。

交換手の後ろでこう言っている声が聞こえた、「電話に出てくれよ、アーサー」

ぼくのことを「アーサー」と呼ぶ人間は一人しかいないから、最初に思い浮かんだのはミネソタ州ロチェスターで警察に捕まっている彼の姿だった。なぜ警察なのかは知らないけど、ともかくそんな絵が浮かんだのでホリーに「ブルースがミネソタで捕まった」というとホリーが起き上がって、ぼくは交換手に「ほんとに大事な用なんだろうな?」と言った。

「アーサー、アーサー」とブルース、「頼むから出てくれよ」 で、ぼくは出ると言った。

読み進めるにつれ、ヘンリーの率直で魅力的な人となりや、差別をきらう心情が映画以上にはっきり見えてきます。そしてヘンリーとブルースの両方がこの一シーズンを通して成長する様子。

映画と原作がある場合、どっちを先に体験するかは人によって好みが違うかもしれないですね。私は先に読んだものを後から映像で見るとだいたいがっかりする方です。逆に今回のように映像が先の場合はイメージがしやすい上、モリアーティの声というおまけまでついてきて幸せな読書体験でした。

上記の引用部分で「アーサー」という名前はブルースしか使わないとなっています。この理由を説明すると、ヘンリーはシリーズ1作目の The Southpaw を自分で書いたという設定なので、チームメイトは彼のことを「オーサー(作家)」と呼んでいるのです。*2 ところがちょっと鈍いブルースはその意味がわからなくて「アーサー」だと思っている。ヘンリーは事あるごとにブルースに「アーサーと呼ぶな」と文句を言いますが、どうも通じないのです。

映画ではこの辺の描写はなくて、たいていの登場人物は「アーサー」と言っている気がします。端役の人がはっきり「オーサー」と呼んでいる場面はありますが。

原作は1956年で、ヘンリーの同僚には第二次世界大戦の帰還兵がいますが、映画は時代設定が1978年の制作と同時代。ベトナム帰りの選手がいるし、ブルースがスマイルマークのついたTシャツを着ている場面がある。そもそも衣装全般がみまがいようのない70年代で、ヘンリーのシャツが振袖みたいな柄だったりします。

この話は、映画以前にも1956年にテレビドラマ化されたことがあるそうです。USスチール・ショーという生放送(!)のドラマシリーズ。その時の主演はポール・ニューマン、『熱いトタン屋根の猫』でオスカー候補になる3年前です。また原作者のマーク・ハリスによる脚本で舞台作品にもなっているのですが、日本では俳優座が「ボールは高く雲に入り」という題の翻案で上演したことがあるらしいです。

最後に、この映画のサントラ盤があることを発見。アーティストのクレジットにモリアーティの名前もあり。でもビニールなのであきらめかけてたら、なんとおまけでCDにコピーしてくれるという店(権利関係はクリア済と書いてあった)があり、注文しました。「今からコピーするね!」とメールも来たので、楽しみに待っているところです〜
 

*1:1作目の The Southpaw (1952) はこの後に買って読んでいるところです

*2:1作目時点でのヘンリーの愛称は普通にハンク。

Law & Order 1-20 The Troubles 「テロリストの悲劇」 ふたたび

 
ゴッドファーザーPARTIII』を何度目かに観ていると、「バティカン銀行に影響力を持つ大司教」の風貌に見覚えが。この人がベン・ストーンと喧嘩しているところをどこかで見たぞ・・・ と思って調べたら、1-20「テロリストの悲劇」に一場面だけ弁護士役で出ていて、ストーンとの火の出るようなやりとりが印象的だったのを思い出しました。

前に感想を書いたときはあまりゲストに着目していなかったんですが、この弁護士とストーンが廊下で議論するシーンは短いながら、これぞ実力派俳優同士という迫力があります。この他にもストーンがFBI捜査官やイギリス大使館付の諜報部員とやり合う場面がありますがここが一番ですね。

ギルデイ大司教/マラハン弁護士を演じている俳優の名前はドナル・ドネリー、アイルランド出身で舞台が主な人らしい。ゴッドファーザーPARTIIIは1990年の作品で、このL&Oエピソード(1991年春)の直前みたいです。(え、そんな昔なのか・・・公開のすぐ後に観ているはずなのに、もっと最近の作品だと思っていたので少しショックでした。)

この人の登場場面は後半開始まもなくです。ストーンがオフィスでIRAの兵士で殺人の実行犯に取引を持ちかけるが、マラハン弁護士が片端から却下するので、ストーンはまず彼を片付けようとする。「話がある」といって部屋の外へ連れ出そうとしつつ、誘うような笑いを浮かべてます(ああストーンの色気って本当にこういう目立たないところにあるんです・・・)。弁護料の出どころがシン・フェイン党だと見当がついているので、利害相反をネタに脅せると確信している、という表現なんだと思いますが。モリアーティが俳優としてドネリーとサシで対決できるのを楽しみにしているように見えなくもないです。

しかしストーンは怒っております。シン・フェインはマラハンの依頼人スケープゴートにして殺人の真相を隠蔽する気だ。マラハン弁護士はその意を受けて、依頼人でなく党の利益のために行動している。職業倫理に反する、その行動が許せない。というストレートな義憤、対、マラハンの「私の仕事に口を出すな」という怒り。頭に血の上ったアイリッシュどうしで、激しい言い合いになる。

Now listen to me counselor. You're not going to run and gun some cheap plea down my client's throat!
よく聞け、検事さん。私の依頼人に、お手軽な取引を呑ませようったって無駄だぞ!

このあたり、モリアーティがドネリーとの身長差を効果的に使っています。証拠について言い争っている間は、ストーンが壁にもたれているので二人の顔の位置はあまり変わらない。しかしマラハンが「裁判で陪審に問おうじゃないか」というと、ストーンがまっすぐ立ち上がって、文字どおり上から脅しにかかります。

...When I present your conduct in this case to the Bar, and your clear-cut conflict of interest, you'd be lucky to have a license.
この件でのあんたの行動を法律家協会に報告してやる。利益相反は明らかだとな。弁護士資格を剥奪されなければ儲けものと思え。

したたかなマラハン弁護士、ころりと態度を変えます。

You want to present some options to my client, go ahead. You won't get any argument from me.
あんたが彼に選択肢を提示したいなら、好きにすればいい。私は反対せんよ。

盛り沢山なストーリーの中に埋もれているけど、達者な役者どうしの芸を見せてもらえるお宝のような場面です。ゲストの演技が見ごたえあるのはL&O のどのエピソードを見ても思うことですが、20年分も見るとそれが当たり前となってしまい(笑)、たまに他のドラマを見ると味気なく感じられてしまう、という贅沢な悩みが発生することに。


その中で最近面白かったのが『ブレイキング・バッド』です。ハマるの遅いですね。しかもジェシー・ピンクマンがお気に入りキャラクターで、その理由が『空の大怪獣Q』でのマイケル・モリアーティに似ているからという・・・ 結局はそこかい!という感じですが、気の弱いちんぴらが大きな犯罪に巻き込まれ、追い詰められるままに自分でもえげつないことをやらかしてしまう様子が本当にジミー・クィンにそっくりで、目が離せないのです(笑)