『大韓航空機撃墜事件』

 
1983年の事件を題材にしたドキュメンタリードラマ。いちおうマイケル・モリアーティ主演。原題 "Coded Hostile" または "Tailspin: Behind the Korean Airliner Tragedy" (1989年) 、VHS版。そんなに期待してなかったんですが、もともとドキュメンタリーは好きなのでダメ元で買ってみたら、思いがけず印象的な場面がありました。

東西冷戦時代のこの事件、今でこそ「ソ連大韓航空機を米軍の偵察機と誤認した、ないし偽装した偵察機と信じていた」のが通説になっているようですが、当時は暗殺説から陰謀説まで入り乱れていた。これが政治的に利用され、真相究明はないがしろにされていく様が描かれます。

1983年9月。三沢の米空軍基地の傍受班に、ソ連領空内に正体不明の航空機が侵入した情報が飛び込んでくる。稚内のフィールドステーション(といってるけど、実際の出所は自衛隊だ)から、「ミサイルを発射した」という交信記録のテープを入手。さらに、大韓航空機がサハリン上空で行方不明との報道。

ワシントンでは、異なる官僚組織が三つ巴の戦いを演じはじめます。国家安全保障会議事務局(ソビエト対策局)、これがもっとも対ソ強硬派。国務省は外交上の駆け引きが至上命題。国防総省は詳しい情報を持っているけど、政治的にはちょっと弱い。

マイケル・モリアーティが演じるのは、空軍情報部ソ連分析課、南部訛りの、口の悪いハンク・ダニエルズ少佐。彼の説は、ソ連はKAL機を米国のスパイ機コブラ・ボールと誤認したというもの。通常なら、747ジャンボ旅客機と707の偵察機を取り違えるはずがないと思われる(旅客機には窓があるし、2階建のジャンボは背中のこぶが特徴的)。だが夜間、下後方から接近すれば窓もこぶも見えないから、ソ連の迎撃機パイロットが間違えてもおかしくない。

ペンタゴンでは空軍情報部からタイソン将軍にブリーフィングが行われる。しゃしゃり出たダニエルズの言葉遣いに顔をしかめる将軍。しかし「偵察機と誤認」説じたいは報告書に採用されて、将軍から空軍参謀長−>統合参謀本部−>国家安全保障会議へと上げられることに。

国務省は、民間機と認識した上で撃墜した説をとった。シュルツ国務長官が他に先駆けてテレビ出演(実際のニュース映像が使われてる)。「民間機と知りながら撃墜したソ連の蛮行に弁解の余地なし」と非難。だが、グロムイコ外相との会談には予定通り出席するという。

ホワイトハウスでは、それを見た強硬派のソビエト対策局長が激怒してます。この期に及んで会談だと?あんな腰抜け長官、国辱ものだ!

国家安全保障会議が招集され、大統領声明文の草案を作成。三勢力の間で火の出るような議論となる。結局、ソビエト対策局長のソ連非難の言葉がそのままレーガンの演説となる(これも実際のニュース映像)。が、国務長官のサミット出席はキャンセルされず。どうやらこのせめぎ合いの勝者は国務省らしい。

勢力争いに負けた格好の軍。空軍参謀長はタイソン将軍に対し、誤認説はソ連に甘いと思われたと文句をいい(採用したのは自分らなのに!)、この説を持ち出したものに責任を取らせろとほのめかす。ダニエルズ、あっさりクビにされる。

オフィスを去るダニエルズと直属の上司ジーン・オヘア大佐の会話。(なんかここの台詞、モリアーティが自分で書いてそうな感じがします。)我々は事実を分析し結論を出す。だが政治家は考えなしに結論にとびつき、敵を非難することで善人ぶろうとする。本当は、ロシア人だって我々と同じ人間なのに…

二人が部屋から出てくると、隣の部屋のテレビでまたレーガンが喋っている。「ソビエトの冷酷さは、世界と人類に対する挑戦である」。俳優出身の大統領の声明を、横顔を見せて聞いていたダニエルズ。カメラの背後に(そこにいるはずのオヘア大佐に別れを告げるように)目をやってから、向きを変え廊下を去っていくんですが・・・・・その前の一瞬、なんとレンズを覗きこんだ!

「きゃーーーー!!目が合った!」って叫んでしまった。い、いや、もちろんそんなはずないのはわかってるんですが、この顔!この顔!古いVHSって結構お高いけど、この0.5秒のためならまったく惜しくありません。むこうへ一歩踏み出しながら、顔だけ傾けて横目でこっちを見てる。浮かんでいる表情は、レーガンに対する「こんなたわ言を信じられるか?」という冷笑。

カメラに目をやるという反則技は、ベン・ストーンが辞めるときにも使ってましたね。あのときもはっきりと何かを問いかけられたと感じました。デスクの向こうから、正面顔で、「俺はこうするしかなかったと思うか?」と。

こっちの作品では横顔で、もっとシニカルな表情です。「こんな大統領を信じるのか?」あるいは「こんな政治屋に何の価値がある?」。でも、どんな気のきいた捨て台詞より、この流し目ひとつの方が雄弁でかっこいいのよぉぉ!


・・・・・失礼しました。気を静めて、もうちょっと演技について考えてみますと、ドキュメンタリーという性質上、演技に対する要求はあまり細かくなかったんじゃないか。だからモリアーティも好きに演じてるような気がします、反則技も含めて。『ザ・スタッフ』のモー・ラザフォードみたいな大げさな南部訛りに生意気な態度、でも仕事には信念と情熱を持ってる。それなりに魅力的な人物になってます。

この騒々しい男が、最後になって急にシリアスな表情になりハンサムな横顔を見せるので、観客は驚く。そこまで細かく見てればの話だけど(笑)

ダニエルズが去ったあとは、KAL機が航路を逸脱した原因と、ソ連の迎撃パイロットや基地が旅客機を誤認・撃墜した経緯のそれぞれについて仮説が提示されます。どちらもプレッシャーのもとでの判断ミスという、ごく人間らしいものです。その後の調査でも、ヒューマンエラーが定説になっているみたいです。

私はこれを観ながらまたスティングの"Russians"を思い出してました(アルバム『ブルー・タートルの夢』1985年)。モリアーティの最後の会話と、スティングの歌詞は似たことを言っているんです。ロシア人も我々も、プレッシャーがかかれば間違いを犯すし、子供のことは可愛い、同じ人間。なのに政治家は西も東も、相手を非難することしか頭にない。。。

この事件は、どこの国であろうと我々はみな同じ人間、ということを学ぶ機会だったのに、実際には外交カードの単なる一枚として使い捨てられてしまった。そういうメッセージのある作品でした。リベラル色が強いし、モリアーティも当時の自分の信条にもとづいて演じてるはずです。タカ派に転向した今となっては、もしかしたら忘れたい作品かもしれません。掘り起こしてごめんなさい、マイケル。でもあなたのその流し目がいけないのよ(まだ言ってる)