『ホロコースト』 ディスク3 ミンスク

 
アインザッツグルッペBの司令官ネーベ大佐が、親衛隊国家指導者のヒムラーを銃殺隊の視察に連れてきました*1。ハイドリヒの頭ごしに手柄を狙ってのことでしょうが、ネーベは気の回らない人物なうえ、ヒムラーは「腰抜けの養鶏屋」*2で、この企画はとうぜん大失敗に。酸鼻の現場を前にしたヒムラーは気分が悪くなり、ハイドリヒに「もっとましな方法を考えろ」と命令します。

こんな風にボスに現場をひっかき回されるほど迷惑なことはありません。ハイドリヒを始め全員がうんざりします。

偉いさん二人が去った後、ドルフがネーベを侮辱します。この場面、ハイドリヒの威光を借りたドルフの傲慢ぶりが頂点に達するところです。できれば、DVDでも動画サイトでも何でも見ていただきたい・・・マイケル・モリアーティの長身と整った容貌がおそろしく効果的です。

[ドルフ]     しくじったな、ネーベ。

[ネーベ]    私は大佐だぞ。口のきき方に気をつけろ、少佐。

[ドルフ]     この失態の後では軍曹に降格されても文句は言えないだろ。いったい誰の許可を得て国家指導者をこんなたるんだ現場に呼んだ。せめて一発目で全員倒せる機関銃手を用意できなかったのか。

ドルフ憎さではひけを取らないブローベルが口論に参加し、ドルフのことをハイドリヒのお稚児、ハイドリヒのことを半ユダヤ人と呼びます。ドルフは前半でなく後半の言葉にたいして、まるで自分が攻撃されたかのように反応します。

[ドルフ]    (脅すように一歩踏み出して)ハイドリヒにはユダヤの血など入っていない。そのような噂を広める人間には報いがあるぞ。



次の幕では、ベルリンの親衛隊本部でハイドリヒとドルフが会話しています。

ハイドリヒのもとに、匿名でドルフを中傷する手紙が届いた。父親と本人は共産主義者で、母親にはユダヤの血が入っているという。ブローベル&ネーベの手になると思われるでたらめだが、ヒムラーの手に写しが渡ったため、面倒なことになりそう。ドルフ自身が重要なのでなく、ヒムラー=ハイドリヒ間のパワーゲームにカードの一枚として使われるのです。

ハイドリヒは、自分はみなの秘密を握っているせいで怖れられているのだ、と言い、それらの秘密をすらすらと並べてみせます。

[ハイドリヒ]  まったく、党幹部連中はやくざの見本市だよ。ゲーリング麻薬中毒収賄の常習犯、ローゼンバーグがユダヤ人の二号に書いた手紙もあるし、ゲッベルスはスキャンダルまみれ、ヒムラーは妻の側が怪しいし、シュトライヒャーやカルテンブルンナーに至ってはその辺のちんぴらと変わらん。

[ドルフ]    (無邪気に)私は大丈夫です、見本市には参加しません。

[ハイドリヒ]  そりゃそうだ。この手紙が真実でないと仮定すればな。(微笑んで行ってしまう)

取り残されたドルフは最後の言葉にひどいショックを受けています。ハイドリヒを父親のように慕ってついてきたのに、相手からはさほど信用されていなかったことが衝撃だったらしい。ハイドリヒが部下を愛するような人間でないことを、いまさらながら悟ったか。いや彼のことだから、自分の能力と忠誠がまだ足りないのだと思ったんじゃないでしょうか。

この場面で印象的だったのが、ドルフのハイドリヒに対する感情でした。普通の人は、上司に対していくばくかの忠誠と警戒心の両方を持っているものです。特にハイドリヒはカリスマとはいえ、初めから冷酷な人物としても描かれており、全面的に頼るのはどうみても危険。なのにドルフは彼を絶対的な庇護者とみている。その依存ぶりはある程度は脚本にあったんでしょうが、それにしても極端に思えます。

「私は大丈夫です」というセリフを、「僕は大丈夫だよ、パパ」とでも訳したくなる無防備さ・・・・・このアンバランスな感じには覚えがある。ベン・ストーンのアダム・シフへの態度と似ているのです。上司役に対して、脚本で要求されている以上の愛着を表現したがるのは、モリアーティの側になにか理由があるんじゃないか。もっと言えば The Has Been で示唆されているディック・ウルフとの関係にも通じるんじゃないか。。。というのが、エリック・ドルフの人物を通してみた後での発見のひとつであります。
 

傷ついたエリックはハイドリヒに幻滅するかわりに、手紙を送った人間に対して深い恨みを抱いたらしい。次の幕では今までになく邪悪な顔を見せるようになります。
 
 

*1:史実の時系列と多少食い違いがありますが、そこは脚色ということで・・・

*2:視察に参加していたブローベル大佐の台詞