『ホロコースト』 ディスク4 テレジエンシュタット

 
前の場面の続きです。長官室にエルンスト・カルテンブルンナーが入ってくる。ハイドリヒの死後、RSHA長官のポストを継いだのです。暗殺前のハイドリヒが「そこら辺のちんぴらと変わらん」と言っていた通りの粗野な人物であり、そのことを隠そうともしていません。ドルフに向かっていきなり、「私はハイドリヒとは違う人間だ、あの優雅な混血野郎とは」とかまします。

いまだに前長官への忠誠を振り切れないドルフが抗議するも、かえって矛先が自分に向いてしまう。ドルフは「私はラインハルト作戦で着実に成果を」と主張しますが、ハイドリヒ時代の傲慢なふるまいが災いして、策士・密告者との評判は新しいボスの耳にも入っているらしい。

さてカルテンブルンナーの用件は、収容所の実態を描いた絵がプラハで発見されたこと。アイヒマンと協力して作者と流出ルートをつきとめろ、とドルフに命令します。

この「匿名のレンブラント」の正体は、カール・ワイスを含むテレジエンシュタット収容所の画家たちです。本筋であるワイス家の物語とエリック・ドルフが絡む部分はいくつかありますが、ここもその一つ。このあたりのストーリーは時代背景2/3の記事にあります。

次の幕で、ドルフはテレジエンシュタットを訪れてアイヒマンと会っています。冷や汗をかいているドルフの様子にアイヒマンが目をとめます。ヘースと同じく、ライバルの弱味を目ざとく見抜いているのです。ドルフが新しいボスに良く思われていないこと、この任務に失敗したら将来が危ういことを。

アイヒマン]    エジプトには新しい王が現われたが、君はヨセフとは言えんな。今やカルテンブルンナーが王だ、そうだろう?

アイヒマンがこんなふうに余裕綽々なのは、カルテンブルンナーとは故郷オーストリア時代からの古いつきあいだからと思われます*1。画家たちが連れてこられると、ドルフが「ここは君の領土だ、進めてくれ」と言う。これはテレジエンシュタットの運営がアイヒマンにまかされていたことからでしょう*2

画家たちに向かってアイヒマンがエリック・ドルフの名前を言うと、カール・ワイスはぎょっとしたような顔をします。同じくカールが名乗ったとき、ドルフも反応している。ドルフ家とワイス家は近所だったし、互いを覚えていても不思議ではないです。

この次の場面は以前にいちど紹介しました。カールの妻インガがドイツ人で、彼を追ってテレジエンシュタットに来ていることを、収容所長のラームがドルフに耳打ちする。ドルフはその情報と自分たちに面識があることを利用してカールに仲間を裏切らせようとするが、失敗。結局、三人の画家は連れ去られ拷問されることになります。

翌晩あたり、ラームの部屋にて。画家の一人は死亡したが、残った二人は口をつぐんでいる。なんとしても口を割らせろ、とドルフが言うので、ラームは「ではもっとやるしかない」と部屋を出て行きます。

[ドルフ]       (ラームの後から)殺すんじゃないぞ。

アイヒマン]    どうせアウシュビッツ行きだがな。

[ドルフ]       吐かせてからだ。

並んで立っているこの二人の目つきが、ミーアキャットなんかの獰猛な小動物を思わせるのです。あるいは『ジュラシック・パーク』のプロコンプソグナトゥス。ライオンやトラの威厳はないが、数の力を頼みに獲物を狩る、無慈悲な群れといったところ。

結局、この件ではドルフは手柄を立てられずじまい、生き残った画家たちも絵を描けないように手を潰されてしまう。救いのないドラマの中でも、特にやりきれないエピソードでした。
 

*1:そもそも1931年にアイヒマンを親衛隊に誘ったのがカルテンブルンナーだったのです

*2:もう少し詳しくいうと、テレジエンシュタットは中世の城塞都市で、大テレジンという市の中心部と、小テレジンという小さい城塞に分かれている。大要塞は親衛隊の運営するユダヤ人ゲットー兼収容所、小要塞はゲシュタポの刑務所だったそうです。以前のNHK特集の映像と比べると、拷問のシーンは小要塞をモデルにしているように見えます