The Arrow 『アロー』

 
"The Arrow"は、冷戦時代初期の1950年代、カナダの企業が世界に先駆けて開発に成功した超音速戦闘機についてのノンフィクション。カナダで開発された世界最速の戦闘機?ちょっとピンと来ません。作中でもアメリカ人から「なぜカナダが戦闘機を作ってるんだ?カヌーなら分かるが」と思い切りバカにされてます。でも実話です。アローは、開発の遅れや費用の高騰、当時の軍事技術の趨勢がミサイル重視に傾いたせいもあって実用化はされなかった。そして、その技術がソビエトに漏れるのを恐れたアメリカがカナダ政府に圧力をかけて試作機を破壊させた、という説がある。

この作品はカナダの公共放送局、CBCの制作。私が買ったのはカナダ版DVD、ノーリージョン。『アロー』というタイトルで日本版VHSがあったらしいが見つかりませんでした。

主役のアブロ・カナダ社長はダン・アクロイド(『ゴースト・バスターズ』、『ドライビング・ミス・デイジー』。カナダ人。私は『ブルース・ブラザーズ』以来のファンです)。マイケル・モリアーティの役はアイゼンハワー大統領(特別客演)。1997年、『戦火の勇気』と同じころで、ルックスはやはりL&Oの頃より貫禄があって迫力充分です。充分というか、たった3分間の出演なのにベン・ストーンの百万倍恐ろしく、YouTubeで見たにもかかわらずその存在感が忘れられなくて結局ソフトを購入してしまったくらいです。


ストーリーの前半は、「ソ連の核爆撃機を迎撃するため、最高の戦闘機を作る」というカナダ政府と空軍の要求を、アブロ・カナダ社のチームがひとつずつ技術的障害をクリアしながらかなえていきます。彼らが最大の難関、エンジンの問題に取り組んでいる頃、ワシントンから不協和音が聞こえてきます。そしてエンジン・テストに成功し歓声が上がったシーンの次にアイゼンハワー登場。

このシーンはカナダの美しい夏の川辺。アイクはカナダ首相のジョン・ディーフェンベイカーと二人きりで小舟に乗っています。警護は川岸に。のんびり釣りをしながら、カナダの命運を左右する要求を突きつける。圧倒されるディーフェンベイカー。モリアーティのアイクには底知れない迫力があります。彼の演技って、船に乗っていると特に冴えるような気がする(笑)

アイクの要求は、カナダ製戦闘機よりアメリカ製の防空ミサイルシステムを採用しろというもの。買わなければ国境のすぐ南にミサイルを配備して、ソ連の核爆撃機を撃墜するという。当然、その飛行機と核爆弾はトロントやオタワの上に落ちるわけで。

ベン・ストーンはいろんな人を「人生めちゃくちゃにしてやる」と脅していたけれど、いちどきにせいぜい1人か2人。アイクのこの脅しはカナダ南部全体を人質に取っているわけで、何百万倍も極悪非道です。ストーンの脅しには「ゾクゾクする」と喜んでいられても、これにはぞっとさせられます。

軍産複合体の脅威について警告しているのは理解できますが、そういうアイクの方だって自国製ミサイルのセールスマンをやっているわけで、人のことは言えないだろうという気もします。まあこの話はカナダ側から見たストーリーなので、少しは偏見も入っているかもしれません(笑)

ランタイム180分の大作ですが、これを全編YouTubeにアップしたカナダ人がいます。モリアーティの出演場面はちょうど2時間たったところからの3分間。このリンクで見られます。

http://youtu.be/9PMnlnqRex4?t=1h59m58s

台詞はこちら。最初のところは川釣りの活き餌の名前を並べているらしいが、訳しようがないので適当に日本語のサイトから拾ってきました(笑)この「活き餌」がまたおそろしいメタファーになってることが会話の最後にわかります。

(Eisenhower) Hoola poppers, jitter bugs, mepps spinners, Canadian wigglers, American jiggers, flies. All furry skirts and flash. For my money, John, you can't beat live bait. That's what gets the action.
アイゼンハワークロカワムシ、キイロムシ、クモ、オニチョロ、スナムシ、ハエ。魚にはこれが色気たっぷりに見えるんだな。賭けてもいいが、活き餌にまさるものはないよ、ジョン。喰いつきが違う。

(Diefenbaker) I won't argue that. Makes sense to give the fish whatever he wants.
(ディーフェンベイカー)それは認める。魚が喰いたがるものを投げてやらないとな。

(Eisenhower) I don't get much time for this lately.
アイゼンハワーこのところは釣りをする時間もめったにない。

(Diefenbaker) Calms the mind. First time in months that I haven't thought about the national debt.
(ディーフェンベイカー)釣りは落ち着く。国債残高のことを考えなかったのは何か月ぶりだろう。

(Eisenhower) Just our luck. To be in office during a recession and a cold war.
アイゼンハワー二人とも、悪いときにこの仕事を仰せつかった。この不景気にくわえ、冷戦だ。

(Diefenbaker) And that Sputnik didn't help matters.
(ディーフェンベイカー)スプートニクのこともあるし。

(Eisenhower) Oh, well ours will be up there very soon. Twice as big, ten times more sophisticated.
アイゼンハワーああ、あれはうちのがもうすぐ打ち上げられる。倍は大きく、10倍進んでるのが。

(Diefenbaker) What goes on in those Russian minds? It's hard to believe they would consider an attack.
(ディーフェンベイカー)ロシア人はいったい何を考えているんだ?本気で攻撃を考えているとは信じがたい。

(Eisenhower) Without sufficient deterrents, I don't doubt it. Their bombers are bad enough, but the guided missiles are the major threat. Have you thought about that defensive missile system, that we offered you?
アイゼンハワー十分な抑止力がなけりゃ、奴らはやるだろう。あっちの爆撃機だけでも厄介だが、誘導ミサイルはもっと大きな脅威だ。以前にオファーした防空ミサイルシステムは検討してくれたか?

(Diefenbaker) The Bomarc missiles? I'd buy them from you Ike, but 200 million dollars... that new fighter-interceptor jet, the Arrow, has our defense over budget as it is. We could trade you some of those for the missiles?
(ディーフェンベイカー)ボマーク・ミサイルか?買いたいとは思うが、アイク、2億ドルは..... れいの新しい迎撃戦闘ジェットの「アロー」だけで既に予算超過なんだ。あれとミサイルで交換できないだろうか?

(Eisenhower) A fighter jet? No. We've scrapped two of our own fighter programs.
アイゼンハワージェット戦闘機?ノーだ。うちでは戦闘機開発計画を二つ廃止した。

(Diefenbaker) You scrapped them?
(ディーフェンベイカー)廃止した?

(Eisenhower) Yep. Obsolete. The future is missiles, John. Missiles. More dependable, cheaper too. Of course, your air chiefs, they won't tell you that. They won't admit that cheap missiles do the job of a manned aircraft. Put them out of a job.
アイゼンハワーそうだ。屑籠行きさ。未来はミサイルにある、ジョン。ミサイルだ。戦闘機より確実で、コストも安い。もちろん、空軍参謀たちはそんなことは言わない。安いミサイルが有人飛行機と同じ仕事をすると認めるようなことは。自分らの仕事がなくなるからな。

Let me tell you this, John. Beware of big business, and the military. When they are in bed together, trouble for the whole country. And no one knows that better than this old soldier.
ひとつ言っておこう、ジョン。大企業と軍に気をつけろ。この二つが結びつくと、国全体にとって大きな問題になる。もと軍人の私が言うんだから間違いない。

If you buy them, we'll help you install them, up in your uninhabited north. Soviet nuclear bombers will be brought down safely in the high arctic. If you don't, we'll have to install them ourselves just south of your border.
ミサイルを買ってくれれば、人の住んでいない北部に配備するのを手伝おう。そうすればソビエトの核爆撃機を、安全に北極海に撃ち落とせる。あんたが買わなければ、我々は国境のすぐ南に自分らで配備するしかない。

(Diefenbaker) But then those planes would be shot down over our cities.
(ディーフェンベイカー)だが、そんなことをすれば、爆撃機はカナダの都市の上に落ちる。

(Eisenhower) Think about it, John. I'm pretty sure that the missile option will be best for both of us. [fishing reel spinning] See what'd I tell ya. Live bate.
アイゼンハワーよく考えろ、ジョン。我々双方にとって、ミサイルこそが最善の選択なのは間違いない。[釣竿のリールが回る] 言ったろ?活き餌だよ。


このあと、首相直々の命令でアロー計画は中断、カナダ空軍と米空軍の統合参謀が実現、しかし実質的にはカナダ軍は米軍の指揮下に入るという屈辱的な状況に追いやられます。

最後の場面。アローの1機が墜落の運命を逃れ、夕日に向かって飛び去ります。「アローはすべてスクラップにされたが、1機だけがその運命を逃れたと人はいう。この映画の製作者はそれを信じることにした」と字幕が出る(いったいどこへ?まだ飛んでるのか?)

さらに字幕。「カナダが2億ドルかけて調達したボマーク・ミサイルは欠陥があったために結局は廃止され、その後、政府は中古のアメリカ製F-101を64機、アローの倍のコストで購入することになった。現在アメリカ製戦闘機で最も性能が高いとされるF-18でも、1959年当時のアロー206の予測性能にはまだ及ばない」

カナダ人の、アメリカへの対抗心がよくわかる感じですねぇ。


戦闘機トリビア: アローは戦闘機とはいっても迎撃専用機。ソ連の核爆撃機を撃ち落とすため、まっすぐぶっ飛んでいくためのもので、運動性はあまり要求されていないらしい。

私は、第2次世界大戦頃のプロペラ戦闘機が好みです。当時の名機に「マスタング」というのがあり、ドイツ領内への爆撃隊のエスコートとして活躍し、もっとも優秀な戦闘機と呼ばれたそうな。『大韓航空機撃墜事件』ではハンク・ダニエルズが「お前は空軍がマスタングを飛ばしてた頃に憧れてるんだろう」と言われる場面がある。

先日、「空飛ぶノスタルジア」と題された、プロペラ戦闘機が2機並んで飛んでいる写真をみかけました。キャプションに、第2次世界大戦当時のマスタング(US)とスピットファイア(UK)とあります。角ばった翼のマスタングと、曲線的なスピットファイア。今年夏にイギリスで行われた航空ショーでのショットらしいです。マスタング航空ファンにも人気が高く、だから今でもちゃんと飛べる状態のものがある。トム・クルーズも1機所有して自分で飛ばしてたとか。