ベン・ストーンとの最後の日々 (The Gift of Stern Angelsより)

 
マイケル・モリアーティの著作The Gift of Stern Angels のうち、94年4月、おそらく14日からの数日間の日記です。この日は特に忙しかった。午前9時から午後4時半までマイ・フェア・レディの稽古、そのあと夜中近くまでLaw & Orderのラスト・エピソード"Old Friends"の撮影。翌日はマイ・フェア・レディの初日です。

ここで初日と言っているのは公演のこけら落としではありません。実は、このブロードウェイ公演はオリジナルのヒギンズ教授役だったリチャード・チェンバレンがクビになり、その代役というか後任としてモリアーティが呼ばれたのです。日記をみると、彼はこの公演に非常に期待して、役作りについて情熱をこめて語っている。と同時に、出演前のこの時期に早くもカンパニーの中に敵を作り、それについてもいろいろと書き連ねています。例によって自分の思う最高の役を作ろうとして周囲と衝突し、余計な人間関係のトラブルに消耗している様子がうかがえます。

話はL&Oのセットに移ります。午後7時、いちばん重要な2シーン(「タグ」と呼ばれる最後の場面と、アン・マドセンの死)の撮影がすんだところ。ベン・ストーンは心境を尋ねられて「晴々としてます」と、言葉とは裏腹に寂しげな様子で答えますが、それはモリアーティ自身も同じであるようです。

だけど、この日の仕事はこれで終わりではない。撮影が残っていて、まだまだ帰れそうにありません。彼は長い一日で疲れていて、甘いものとコーヒーで次のシーンのための体力と気力を保っている状態です。

 
(p.146)  コーヒーを手に楽屋へ戻り、あたりを見回す。ここへ来ることはもうわずかしかないのだと思うと、感傷が忍び寄ってくる。デスクには、リチャード・ブルックスとスティーブン・ヒルの二人が私と写っている写真が載っている。壁にはジョー・スターン *1 との写真や、ポール・ソルビーノ&クリス・ノスとのショットが掛かっている。
 

*1 L&Oシーズン1から3までの副プロデューサー。

 
(p.148)  もう9時近い。あと1シーン、3人での撮影が残っている。少なくとも午後11時までは帰れないだろう。
文句はいわない。これが私の仕事だ。自分の持てるものすべてを出しきることは素晴らしい。
カルペ・ディエム(現在を楽しめ)。
もっとも輝かしい日々が始まろうとしているのは、神の思し召し通りだ。
 

撮影はあと2日残っています。4月18日に2シーン、4月19日に2シーン。18日の撮影が終わって帰る車の中でモリアーティは、ベン・ストーンとしての4年間に日焼けしたことがなかった、という妙な感慨を抱きます。

そりゃ、ストーンが日焼けしているのはちょっと考えにくいけれど、メイクアップで何とでもなるだろう、という話ではなく、法と正義について考え続けた日々があまりにも禁欲的・抑鬱的だったことに気づき、ずっと無理をしていたと感じているようです。マイ・フェア・レディの舞台はその鬱積した日常から自分を解放してくれる。手始めに少し色の濃いドーランを使ってみよう。それに、新しい家で庭に手を入れたりしていればすぐに日焼けも板につくだろう・・・

そして4月19日、これがLaw & Orderの最終日。検事局スタッフ役の女優からプレゼントをもらう。この日の日記はL&Oクルーへの感謝の言葉のみで終わっています。


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おまけのトリビア。このあたりの日記に、リチャード・チェンバレンを楽屋に訪ねる場面があります。そこに、彼とは『タワリング・インフェルノ』のセットで会って以来ずっと尊敬してきたとある。この映画でチェンバレンは主要登場人物の一人ですが、モリアーティはIMDbのキャストページにも見当たらない。端役で出ていたか、出演シーンがカットされたか?よく見ると隅の方に写ってたりするのかもしれないけど、群衆シーンも多い映画だから、探すには根気がいりそうです(笑)
 
最近、「日焼けしたストーン」のイメージに取りつかれている私です。どれかのエピソードで再捜査のため裁判の日程延期を申し出たときに、弁護士が「検事が釣りに行っている間、私の依頼人拘置所に?」と嫌味をいい、判事は「許可するが、日焼けして出てきたら許さん」と言い渡します。確かに事件を抱えていればバケーションに行っている暇はなかったでしょう。

ところでシーズン4のDVD、やっと届きました。ストーンの奴、途中のハワイあたりでのんびりしてるんじゃないかと冗談で思っていたところに上の話を読んだもので、もし日焼けしててもアロハシャツにサングラスの脳内コスプレくらいで許してやるつもりですが・・・。