ベン・ストーンの誕生 (The Gift of Stern Angelsより)

マイケル・モリアーティの著作 The Gift of Stern Angels は、1994年1月7日、彼がLaw & Order を去る意志を番組側へファクスで通知する場面から始まります。本書はその日から94年の終わりまでの日記となります(ただし最初の章以外、日付は入っていない)。

日記の内容は多岐にわたっていて、記事一つではとうてい間に合いません。一部を挙げますと、1月から3月頃まで Law & Order シーズン4の終盤エピソードの撮影。それに、言論の自由についての自分の主張を主要メディアに載せようとやっきになっている様子。家庭内の会話。サム・ウォーターストンとのやりとり。前の年にアップステートに土地を買って建てはじめていた「夢の家」のこと。その合間にL&Oとの契約と次の舞台の絡みでもめる。また、現在の出来事のほかに、過去の思い出 ──子供時代、父親、ロンドン留学時代など── が語られます。

この雑多な中から、ベン・ストーンのキャラクターの誕生について書かれているところを引用してみます。

6年前、というから1988年(L & O パイロット版が撮られた当時)、ディック・ウルフのモリアーティへの助言は、自分自身を地で演じろということだったらしい。長丁場ではその方が楽だろうと。実際、日記に登場する友人の一人によれば、眼鏡のかけ方などは本人そのものらしい(CDのライナー写真もそう)。

ところが、

(pp. 28-29)  最初の2−3年は、私の地が出すぎていてベン・ストーンになっていないという理由で撮り直しが何回かあった。その頃には、ディックの考えるストーンとは、ピーター・ジェニングズと私自身の合成だということが分かってきていた。ラッシュでの私の演技にディックがダメを出した時は、ジェニングズの真似をしてやればよかった。

(脚注:ベン・ストーンとしての最後の1年は、私の今までの仕事の中で最高の出来だが、ピーター・ジェニングズはまったく入っていない。)

ピーター・ジェニングズ (1938-2005) は、1970年代から2000年代にかけて「アメリカの顔」の一人であったアンカーマン。つねに冷静、抑えた語り口でニュースを伝え、人気があったそうです。派手に感情に訴えるタイプの他のキャスターと比べて、アメリカの良心として評価(ときには批評も)されている。動画サイトにベルリンの壁崩壊や911事件時の映像があります。

ベン・ストーンのキャラクターはこの人の影響によるところが大きかったとは知りませんでした。たしかに抑制のきいた表現という点で共通しています。役者としては人真似をさせられるのはもちろん不満だったでしょう。だけどそれが視聴者には好評だったのも皮肉ながら事実です。

脚注のとおり、シーズン4でピーター・ジェニングズのコピーをやめたことは、ファンにも感じ取れる。このあたりからストーンのキャラクターが変わって感情をあまり抑えていないように見えるし、似た感想はあちこちで見かけます。それが気に入るかどうかは人によって好みが分かれるところでしょう。(私は、急に抑えが利かなくなった風なのに不安を感じました。ど、どうなるんだって。)しかし俳優にとってはオリジナルだから「最高の出来」であったというところが面白いです。

ストーン/モリアーティといつも対比してしまうのですが、彼らの後任、傲岸不遜なジャック・マッコイを演じているサム・ウォーターストンの場合はアプローチが違いそうです。モリアーティが(もしかしたら勝手に)掲載しているウォーターストンの手紙からそれがうかがえます。

この手紙、内容にはあえて触れませんが、かつて一緒に仕事をした仲間への敬意と気遣いにあふれた、真摯な筆致で書かれています。その文面からはモリアーティとは対照的な真面目な常識人の顔がうかがえます。そこからするとどうみてもマッコイは地ではなさそうです。

そのマッコイが結果的にストーンの4倍も長続きしたのは、もちろんウォーターストンの実力と人柄の成果でしょうが、ウルフの最初のアドバイスも間違っていたのかもしれない。つまり、長丁場では自分自身とキャラクターを切り離して演じる方が楽なのかも、ということです。

モリアーティはその辺が不器用で役に入り込んでしまうんでしょうか。「俳優のくせに嘘がつけない」という矛盾した性格の持ち主のようです。

以上、ベン・ストーンの成り立ちについての裏話でした。このほかにも『大騒動』以降のエピソードの撮影の様子が出ているのでそちらも読んでいくつもりです。『サンクチュアリ』『旧知の友』ももちろんあります。また、最後にストーンがモリアーティのもとを去っていく様子が語られていて、それがとても印象的だったのでいつかご紹介したいと思っています。