"Q"とロバート・ジョンスン

先日のこと、"Q: The Winged Serpent"のレビューを探していて、ある方のブログに辿りつきました。SF映画についての見識が半端なく深くて広汎で感服させられるサイトです。"Q"についても面白いレビューなのですが、その最後の文章に驚かされました。「クィンのピアノ演奏を聴いてなぜかロバート・ジョンソンを思い出した」これだけで、なぜなのか特に説明もありません。

実は私、昔からブルース好きで、それなりに聴いたりライブに行ったりしてました。ロバート・ジョンスンは1930年代のブルース・ミュージシャンで、このジャンルのファンなら避けて通れない存在であります。ミシシッピのデルタ地帯に生まれ、天才的なギターと歌で知られたけれど夭逝。残した録音が数十のみ、写真は一枚しかないという謎の人物です。

この人で有名なのが「十字路(クロスロード)で悪魔に会って、魂と引き換えにギターの腕をもらった」という伝説。これが私の中ではモリアーティの滅茶苦茶な生き方とかぶって、"Q"の挿入歌の記事(8月29日)でも彼の歌声(スタジオ録音の方)をジョンスンに例えたりしてました。音楽としては似てないんだけど、魂を切り裂くような叫び声が共通してると思って。

そういう背景があってさきほどのブログを拝見したので、偶然の一致にすごく驚きました。ピアノ演奏のシーンは動画サイトにもあるジョージ・ベンスン風のジャズ・スキャットで、スタイルは別にブルースぽくない。ここからロバート・ジョンスンへは「なぜか」とある通り、不思議な連想のしかたなのです。一年以上前の記事だったけれど恐る恐るコメントしてみてさらにびっくり。ブログ主もブルースファンで、私なんかよりずっと詳しい様子だったのです。

ブルースはジャズのルーツですから、ブログ主氏はクィン=モリアーティの音楽から彼の背景を聴きとられたのだろう、とかってに解釈しました。ご本人の意見では、強いていえば「人に聴かせるつもりがなさそう」なところが共通しているかも、とのこと。俳優モリアーティについてはほとんどご存じなかったそうです。まあ、普通はそうですよね(笑)

「人に聴かせるつもりがない」というのは、聴いてほしくないという意味ではなく、エンタテインメントとして提供されていない、であろうと思いました。心ある者のみ聴け。代はいらぬ。ただ聴いてくれ。そう呼びかけているようです。そのかわりにお前の魂を置いていけ、とは言ってないと思いますが、ジョンスンからそれに近い影響を受けた人はたくさんいます。

そのときのやりとりで、「ブルースは基本的に一曲しかない」という話が出たのでちょっと調べてみました。ジョンスンと同時代のブルースマンサン・ハウスがそんなことを言っているらしい。それで出てきたのが『ブラック・スネーク・モーン』という映画です。サミュエル・L・ジャクスン主演。ジャクスンはこのためにギターを練習し、ミシシッピを旅してブルースマンを研究したとのこと。映画の中でサン・ハウスの実際の映像が使われているらしい。トリビアとしてはS・エパサ・マーカースンが出演。日本版あり。次の注文候補に追加。

もう一つ、ロバート・ジョンスン絡みで妄想していること。私のもう一つのオブセッション(いくつあるんだよ)にSF小説があります。そっちは趣味としてはかなり古いので今更たくさん語ることもないのですが、このところ読み返しているのがジャック・ウォマックの『テラプレーン』という長編(黒丸尚訳、ハヤカワ文庫)です。表題はロバート・ジョンスンの曲「テラプレーン・ブルース」から。全編に彼の音楽が鳴り響いています。巨大企業に支配されたダークな近未来のロシアから1930年代のハーレムに時空転移する話。主人公は退役将軍ルーサーと、その忠実な部下で、ロバート・ジョンスンしか聴かない神経質な殺し屋のジェイク。

この分野は読むのが専門でSF映画はあまり観てないんだけれど、この作品だけは映像+音楽で見たい気がする。ルーサーはアフリカ系の設定なのでサミュエル・L・ジャクスンかジョン・エイモス(ダイ・ハード2のグラント少佐)あたり、ジェイクをマイケル・モリアーティでやってほしかったなぁ・・・と。だけど暴力と苦痛にみちた話だから、これもグロになっちゃうかもしれない。

というか私は「ロバート・ジョンスンを聴いているマイケル・モリアーティ」が見たいだけなのかもしれないけど(笑)