Sweet 'N Gritty & Live at Fat Tuesday's


マイケル・モリアーティの2枚のジャズアルバムの感想です。

Sweet 'N Gritty (1991)

一曲目の"Lance"はインスト。ピアノは最初少しだけぎくしゃくした感じだけど、すぐにリズム隊と一緒に疾走しはじめます。後半、ドラムスと掛け合うところではドラマーがもっとピアノを挑発してほしい気がします。

二曲目の"You Touched Me" でボーカルが始まります。最初の一声で思ったのが「あ、演技してない」でした。もちろん、ベン・ストーンの影も形もありません。声はまちがいなくモリアーティ本人なんですが、演技してないところってよく考えるとほとんど見たことも聞いたこともないから、とつぜん素手に触れたような気がしてドキドキしました。まさに You touched me.

この点、プロのシンガーだとはっきりしたキャラクターを持って歌いますから、こんな風に素な感じはあまりしない。面白いと思いました。

三曲目の"For Anne"は当時の夫人へ捧げた曲のようです。リズム・セクションが入ってくる前のイントロ、水の流れのような、淀んではまた流れ下っていく小川のようなピアノの方が印象的です。バッハ風のフレーズが一瞬出てきます。

四曲目のタイトル曲はブルースで私好みですが、ホーンセクション入りの次のアルバムのバージョンの方が楽しいです。

八曲目"Blind Man's Bluff" ボーカルちょっとあり。ライナー・ノーツには、同じタイトルの映画に使う予定で、自分は盲目のジャズピアニストの役をやる、と書いてあります。残念ながらフィルモグラフィを見てもそれらしい作品は見当たりません。どうなっちゃったんでしょうね(泣)

次の"The Peacocks" はスタン・ゲッツのピアニスト、ジミー・ロウルズの作品。暗く耽美な感じの曲です。クジャクが美しい羽を震わせながら拡げていくようなイメージ。もとインストの曲で歌うにはおそろしく難しそう、よく取り上げたなと思いましたが、どうしてもやりたかったらしい。マイケルのボーカル、すごく雰囲気あります。ライナー・ノーツによると映画『ラウンド・ミッドナイト』を観てこの曲に何か月も取り憑かれたあげく、自分で詞をつけたそうです。「あるとき詞が紙の上に舞い降りた」という言い方をしてる。

夢の中で、私は香気をはなつ無垢な孔雀…
美しく狂った孔雀をあなたは愛してくれるだろうか…

曲のイメージ通り耽美な言葉の数々。ナルシスティックでバイセクシュアルな雰囲気さえあります。
マイケルのこんな面、予測はつきますが作品として触れるのは初めてです。

この曲ではビブラートをあまり使わず音を延ばしているけど、ときどき音程が妖しく揺れるところがあります。
それすらもため息をつきたくなるような色っぽさ。
"peacock"という言葉が発音されるたび、喉の奥で響くkの音に身震いが出そう・・・

最後は"We're Outta Here" タイトル通りこの曲で退場。


Live at Fat Tuesday's (1992)

上記のトリオ・アルバムは当然モリアーティがリードですが、このクインテットでは二人のホーンにリードをまかせてほぼサポートに徹しています。

ハーモニカを吹いてるのが一曲。ボーカルがもう一曲。「バッハは私の憐れむ唯一の神、なぜならブルースを聴いたことがないから」って歌です。

本人によるライナー・ノーツから少し引用します。

ベースのジェイ・レオンハート(有名なスタジオミュージシャン、姓の表記は日本ではこの通りのようだけれど、実際の発音は’レンハート’と聞こえる)はモリアーティの長年の友人だそうです。トランペットのマイケル・レオンハートはその息子。モリアーティ自身の息子と同じ年齢で、子供のころから知っていたが、トランぺッターとしての成長ぶりを聞いて参加してもらうことになったのだとか。

モリアーティのレンハート父子に対するリスペクトは相当なものです。息子マイケル作の"Enola's Song"での父親のサポートぶりについて語っている部分は温かみを感じさせますが、共感とともに一抹の羨望もあるのかもしれません。彼自身はもともと音楽の道に進みたかったが、父親があまりに音楽に詳しかったので、何をやっても勝てないと感じて演劇を選んだという過去があるそうですから。


おまけ:Sweet 'N Gritty のライナーに、スタジオでのモリアーティの写真がありますが、これがベン・ストーンとほとんど同じスタイル。ワイシャツに緩めたネクタイ、サスペンダーに老眼鏡の上からのぞく視線まで。ちょっと笑えました。