『ホロコースト』 ディスク3 ヘウムノ

 
前の幕では、銃殺隊の非効率さに気づいたヒムラーから、もっとましな方法を探すよう命令が下りました。ユダヤ人問題の最終解決のため、効率的で人手のかからない、いわば産業的な手法を開発しようというのです。エリック・ドルフはその命令に従ってポーランドに来ています。

窓のないバスのような車両が田舎道をゆっくり進んでいき、軍用車両と兵士を乗せたトラックがそれに続いています。エンジン音にまぎれて悲鳴のようなものも聞こえます。この「バス」はガストラック。客室がガス室になっており、走っているあいだに排気ガス一酸化炭素で中の乗客を処理するしくみになっている。ホロコーストというとツィクロンBを使ったガス室がもっとも有名ですが、そういう施設をそなえた絶滅収容所がフル稼働するようになる前には、このように複数の方法が試されていたらしい。(一酸化炭素を使ったガス室は、第2部のハダマール療養所のエピソードで出てきました。「時代背景1/3」を参照)

軍用車両の後部座席では、ドルフがネーベと会話しています。この方法はまだ成功といえない。70人を載せて収容所から30分、エンジンを酷使するし、時間も手間もかかる。恒久施設が必要だ。などと言っている。(この台詞はラインハルト作戦の始まりを示唆しています。ガストラックを使ったヘウムノ収容所ののちにガス室を備えた絶滅収容所が複数建設されたのです。)

そう、ブローベルともその話をしてるんだ。 とネーベが答えたところで、ドルフがそれまでにない邪悪な顔をみせます。なるほど、他にはどんな話を?匿名の手紙を書く相談か?ハイドリヒやヒムラー宛に、部下を中傷する手紙を? 

目も頬も笑っていないのに、歯の間から悪意がこぼれ出るような笑み。ポーランド総督府の場面でハンス・フランク相手に見せた敵意を倍にした顔です。声はわざと静かに抑えています。ネーベが言葉に詰まっていると銃声が響き、兵士のひとりがやってきて生き残りを射殺したことを報告。その間もドルフは青い炎のように目を光らせてネーベを睨んでいます。

[ドルフ]    気にいらんな。

[ネーベ]    そうなんだ。母親が子供をかばうから、生き残りが出る。

[ドルフ]    そのことではない。一酸化炭素は効率が悪い。ドイツの誇る化学の助けを借りれば、もっとうまくやれる。


ウクライナでの殺人いらい、ドルフの人物には不気味な緊張感が見え隠れしていましたが、それでもミンスクの場面まではあの経験を踏み台に迫力を増したようなところがありました。しかし例の手紙のせいでハイドリヒの寵愛を失い、立場が危うくなってから(と自分で思っているだけで、もともと確固とした地位などなかったのだけれど)、バランスが崩れてこの場面のような怒りや、どうしようもない不安が顔を出すようになっていきます。この先終幕まで、彼の心理状態は坂を下っていくばかりなのです。

また、このドラマではドイツの対外戦争は直接描かれていないのだけれど、ドルフが消耗していく様子は戦況とシンクロしており、帝国の崩壊への道のりを暗示しているようにも思えます。


(無駄話) 少し前にドイツへ出張に行ってきました。フランクフルト郊外にある工場へ行く途中、車窓から「ハダマール 2km」という道路標識が見えて不意をつかれました。その地名になぜ覚えがあるのかわからなくて、一瞬そこが自分の目的地なのかと錯覚したくらいです。しばらく考えてホロコースト関係だと思い当たり、検索してみるとたしかに精神病者安楽死が行われていたハダマール病院のあった場所。新緑の美しい田舎だけに、そんな歴史が隠れていようとは驚きでした。