『ホロコースト』 ディスク1 1935年のベルリン 

 
ホロコースト』にやっととりかかりました。前に書いた通り、本筋はユダヤ人のワイス医師一家の受難の物語なのですが、そちらはあまりに重い上に、一家の人々はひたすら気高いまま死んでいくので感想の余地がありません。サイドストーリーとして描かれる、親衛隊将校エリック・ドルフ(マイケル・モリアーティ)の変貌の方がドラマ的に興味深いのでそちらを中心に見ていくつもりです。また、ドルフの上官ラインハルト・ハイドリヒもなかなか複雑な人物に描かれています。

今日のところはディスク1の冒頭です。1935年、ベルリン。失業中のエリック・ドルフは、妻マルタがワイス医師の診察を受けるのに付き添って来ている。診察後の医師との雑談で、エリックのバックグラウンドが提示されます。

彼は近所にあったパン屋の息子で、子供の頃、ワイス医師に水疱瘡を治してもらったことがあります。「木曜に売ってたシュトーレンは絶品だった」 「水曜ですよ。僕が配達してました」 という会話があります。ワイス医師が「ご両親は元気?」とたずねると、エリックの表情が曇ります。この背景として、1929年からの世界恐慌があります。パン屋は大不況の時期に潰れ、エリックの父は亡くなった(自殺)。母は(再婚して)ミュンヘンに住んでいる。

医院からの帰り、公園のベンチで話すエリックとマルタ。1935年にはドイツ経済は回復傾向にあったはずですが、新聞に載っている求人はまだ倉庫管理、調理師見習、夜間警備などしかない。大学の法科を出たのに仕事を見つけられないエリックに、「あなたは謙虚すぎる、能力を人にアピールしなきゃ」というマルタ。二人でアイスクリームを買って食べながら、マルタが今まで何度もしたらしい話を持ち出します。叔父さんに頼んで、ハイドリヒ長官に推薦状を書いてもらって、お願い。(背景にはナチ党の巨大な看板が立っています。)

エリックは乗り気じゃありません。ぼくが政治に興味ないのを知ってるだろ。父は社会主義者だったから、あいつらにひどい目にあわされたんだよ。ぼくは負け犬、事務屋がお似合いだ。闘争心もないし、銃もパレードも嫌いだ。

おわかりの通り、この時点でのエリックは成績はいいけれど、優しくおとなしくて線が細い、攻撃性のかけらもない若者です。美人のマルタのことを心から愛していて「ぼくにはもったいない奥さん」とはにかんで笑う(か、可愛い)。でもマルタも夫を愛していて「だからあなたと子供たちに幸せになってほしいの」と譲らない。エリックは根負けして親衛隊に応募することを承知します。

ハイドリヒのオフィスで面接。ここでハイドリヒの人物のアウトラインが描かれます。

エリックは緊張してますが、志望動機を訊かれ「仕事がなくて」と正直に答える。ハイドリヒは「新鮮だな」と好印象を持つ。愛国心や愛党心についての演説は聞き飽きた。きみは正直で信用できる。 

「我々のことは承知しているか?」 「国内外の治安を守る警察としか・・・正直いって、SSとSD、ゲシュタポの違いもよくわかりません」 ハイドリヒ笑って「私もだよ」という。全部私の下だから別にかまわん。 

次にユダヤ人についてどう思うか質問。ドルフ「中立です」 ハイドリヒ「正直でよろしい」と言い、語り始めます。
善悪について信念を持つのは素晴らしいことだが、中立の立場で冷静に分析する方がよいのだ。・・・・・人種政策が国政の柱だと承知しているな?我々が抱えている経済や政治の諸問題を、ユダヤ人を弾圧するだけで解決できるのだよ。 

「ええ、わかります」と、頼りなげにうなずくドルフ。 いい考えだろ? とにっこりするハイドリヒ。

このドラマでのハイドリヒは、どうもユダヤ人の排除ということを思想的に信じているのでなく単に「有効な政策」と考えているようです。頭は切れるのに政治的に熱いところのない、アンニュイな感じの人物。周囲がすべてナチズムに熱狂していく時代にひとり醒めている彼は、政治的信条のないドルフに出会ったのが一服の清涼剤だったのかもしれません。しかしちょっと先走って話をしますと、ドルフはしょせん中間管理職レベルの人間。この時も、今後も、ハイドリヒのことを完全に理解するには至らないのです。

最後にハイドリヒは人事課で身許調査を受けろと申し渡す。 きみは人種的に純潔だろうな?私の首がかかっているんだよ。総統も「ドイツ人が法律家にならないといけないなんて屈辱だ」とおっしゃってる。 顔がこわばるドルフ。 ハイドリヒ微笑して「冗談だよ。採用だ、ドルフ」

“ドイツ人が法律家に〜”というのは、伝統的に法律家はユダヤ人の職業であったことを指しているのだと思います。法科を出たばかりのエリックにはきつい冗談です(笑)

初登庁の朝、黒ずくめの制服を着たエリック。優しい表情といかつい黒服がどうにもアンバランスですが、似合っちゃってます。そして就職して自信がついたのか、声は少しだけ太くなっています。その声でブーツがきつい、毎日履くのは辛いな、とかこぼす。

マルタは喜んでいます。これで近所からも尊敬されるわ。肉屋でもいいところを切ってもらえる。権力は使わなきゃ。 エリックは「計算高いベルリンっ子め」と笑って彼女にキスする。この、普通の市民で良妻賢母だけど野心家な奥さんが、エリックの変貌の原動力となっていくのです。

この次が以前「イーリアス」の記事で触れた、エリックがイリアッドを引用する場面。戦争なんて、ギリシャ神話でしかぴんと来ないような文学青年であるわけです。しかしその物語が彼自身の運命を暗示していることを、エリックは自覚していない・・・・・


ありゃ、また長いですね。ここまででやっと20分なのに。この調子だと最後までたどりつくのに何回かかるかわからないな(笑)まあ、ゆっくり行きましょう・・・・・