Law & Order 11-16 Bronx Cheer 「意義ある越境」

 
マンハッタンで殺人が起こり、容疑者が挙がる。同じ犯人が過去に地区外でも殺人を犯していたことがわかるが、その事件では別の犯人が起訴されていた。マンハッタンの検事補は「自分の」犯人を強引に起訴しようとし、相手方の検事局と縄張り争いになる・・・・・

これ、表題エピソードじゃなく3-16 Jurisdiction裁きの権限」のあらすじなんです。11-16を見ながらデジャビュに襲われて「一緒じゃないか!」とひとりごちてました。11-15に続いてストーン時代と同じような話をやってるとは。しかし、クレジットでは監督も脚本家も別々。同じ素材でも料理の仕方で違うものになっているのでちょっと比較してみようと思いました。

シーズン3の話は、縄張り争いが前面に出ていて、ストーンとブルックリンの検事補の意地の張り合いとか、シャンバラ・グリーンが普段は敵方のストーンを味方につけるところとか、パーソナルかつコミカルな要素あり。見る方は登場人物と一緒になって怒ったり笑ったりするだけでよく、あまり考えずに楽しむことができます。

シーズン11エピソードの方が作りはシリアス、法的な議論は高度、大人向けという感じです。視聴者の感情をいちいち面倒みないで突き放し、自分で考えさせようという意図が感じられます。そういえばシーズン9のエピソード9-1「愛しい我が子」の感想でも同じことを書いてるなぁ。当時の流行だったのかもしれません。

これがもっと後、カッター時代になると法解釈の議論は保ちながら「分かりやすいドラマ」に回帰しているような気がします。カッターは仕事上はストーンと似た能吏タイプだけど、個人的感情はもっとはっきり出ている。ルビローサに惚れてて、でも同僚だからって抑えてる純な気持ちを、口に出して言ってたくらいだから。

で、今回エピソード二つを見比べてみて思ったのが、ストーンとマッコイってよく対比されるけど実は共通点も多いんじゃないかということです。一般にストーンが静、マッコイが動と思われていて、自分でもそんな記事を書いたりしているけど、全部がぜんぶそうではない。

マッコイは熱くなって強引に主張を通すところは子供っぽいともいえるけど、エピソードを見ていると真面目、まとも、大人・・・という感想が出てくるし、ストーンは静かなようでいてよく見るとやっぱり熱くなってて子供っぽいし、堅物なのになんだか変なところがあってコミカルにも見える。

こうしてみると唯一共通してないのは「ヘンなところ」か・・・マッコイは変だと思ったことないなぁ(笑)



ではエピソード詳細の比較を。

マッコイは、ブロンクス検事長ジョン・ロバートソンに対してまず誤捜査・冤罪の可能性を調べるべきではないかと言う。ロバートソンが「口は出させん」と反撃したところではじめて怒り、あなたの管轄で起こった殺人であろうと、われわれが真犯人を訴追する。と言い放つ。

ストーンの場合はいきなりブルックリンの検事補に喧嘩を売ってましたが、あれは向こう側に不正捜査の疑いが強かったせいもあります。

シフは・・・ブルックリンとは喧嘩しない立場だったが、ストーンに押されて麻薬担当検事に渡りをつける。
ルウィンは・・・やはりブロンクスとは協力しなければと言いつつ、無実の人間を救いたい、というポイントは初めから押さえています。

ストーンの動機は・・・ブルックリンに負けたくない、プラス、冤罪を救済したい。
マッコイの動機も・・・ブロンクスに負けたくない、プラス冤罪を救済したい。
カーマイケルは・・・ブロンクスに負けたくない!この中で、ブロンクスへの対抗心が一番強い右派は彼女だと思いましたがいかがでしょう(笑)

ストーンもマッコイも冤罪救済のため、真犯人とは譲歩ぎみの条件でさっさと取引する。しかし冤罪が明らかになっても、いったん有罪評決が出た受刑者に救済の道は多くない。シーズン3では、上訴しても何か月もかかるという結論で話は終わりでした。

マッコイは人身保護令状(writ of habeas corpus)という目新しい技を持ち出す。弁護士を雇う金がなければ自己弁護か、あるいは私が一市民として書いてもいい。ルウィンと微笑み合うところ、よかったです。「私の名前も入れておいて」と言われて「かしこまりました」と頭を下げるところも。

連邦裁判所にて。ブロンクスのDAは評決の不可侵性を主張。対する市民マッコイの議論は、不十分な証拠に基づいて間違った評決が出ることもある。法体系の過ちを認める勇気を、この法廷こそが持たなければ。

この辺は「まともな」アメリカ人の考え方だと思います。間違いや失敗は誰にでもある、大事なのはそれが分かったときにきちんと認めて対応すること。そこを隠したりごまかしたりすると強く批判される。*1

さてマッコイの訴えが認められハッピーエンドかと思われましたが(ここ、ロバートソン検事長も笑ってませんでした?)、話はまだまだ一筋縄で終わってくれません。ルウィンとマッコイが会話している。

I heard that it was all smiles in the Shaeffer family?
シェイファーの家族も喜んでいるそうね。 
I have to admit that it is nice to get somebody out of jail for a change.
正直いって、たまには刑務所から人を出すのも気分がいいものだ。

なるほど、普段はぶちこむ方が専門だからねぇ。と、ちょっと笑いが出たところで、ひとひねりあります。マンハッタンの被害者の父親がはるばるミネソタから車でやってきたという。実直そうな人物で緊張してネクタイを直したりしている。 マッコイ、「そうだ、最後に片づけないといけない仕事が残っていた」という感じで表情をひきしめ、コートを脱いで歩き出す・・・・・

普通、最後の会話ではそれまでの緊張を笑いで緩めて終わり、なのに、このタグは最後にもう一度考えさせられるという点で珍しい。初めにも書いた通り、エンタテインメントな3-16と比べて、11-16は地味&知的に面白かったです。番組もキャラクターも成熟してきたのかもしれない。まあそれを言うなら、ストーンだって8年たったらもっと大人になってたかもしれないけどね(笑)
 
 

*1:日本でありがちなのは、間違い自体が糾弾の対象となること。だから隠蔽のインセンティブが働く。こんな対応には社会的にメリットないと思います